愛されなおちゃんです爆  笑

いつも読んでいただき、ありがとうございますウインク

 

 

さて、きのう書いたブログで、「もうこれで思い残すことはない」と書きましたが、

 

 

いやいや、まだあったよ滝汗  デカいのがゲロー

 

きのう、「浄化だ、浄化!」と思って入ったお風呂の中で、「はっ真顔!」っと気づいたの。

 

 

あたし、まだまだ、ひとまえで本音出せてないんだって。

 

特に苦手なのが、「傷ついた!」「なんでそういうこと言うの!」っていう、

「怒りムキー」の感情。

 

これを出すのがホント苦手で、会社とかでも「実はこれ嫌なんです。」とか、

「こうしてもらえませんか?」とか、とにかく、「これは嫌なんだ!」ってことを

伝えるのに本当に苦労したゲロー

 

しかも、わたしのクセなんだけど、

 

イライラがピークを超えて、「もうダメだガーン」ってなると、

 

理由も告げずに、まるで「引き潮」のように、サーッとその人の前からいなくなる、

 

「関係を断つ」ことがある滝汗

 

もちろん、その中には、本当に不快で、「ちょっとこのひとからは離れたほうがいいな」って、

 

わたしが離れたくなってお別れしたご縁もあるけど、

 

今回気づいたのは、

 

その「引き潮タイム」が訪れるときは、

 

状況が、まわりが、神さまが、

 

「もっと本音を出してもいいんだよ」って機会をくれてただけなんだなってこと。

 

その人が悪いわけでも、わたしのこの「クセ」が悪いわけでもなくて、

 

「もっと他人を信用して、感じたままを出してごらん」って、そういう状況に

 

いさせてくれる、「試してくれている」だけなんだって。

 

うわぁ~、だとしたら、今までめっちゃ惜しいことしてたじゃん笑い泣き

 

って、いまさらながら気づいたわけですorz

 

 

ただね~、「他人の顔色をうかがって、その場をとりつくろう」のって、

 

10歳ぐらいからはじめたことだから、

 

「感じたときに、感じたままをことばにして相手に伝える」って、

 

わたしにとっては、本当に「大変で努力が必要」なことなんですよね~。

 

わたしが「こうなった」のには、大きく分けて、3つの要因が存在してるんです。

 

1.小中高といじめに遭い、「出る杭は打たれる」という現実を知ったから

 

実は、わたし、中学校に入って、1回だけ、いじめっ子グループの1人に

「はむかった」というか、意見したことがあったんです。

 

「わたしのこと悪口いろいろ言ってるけど、あんたもたいしたことないじゃん!」って。

 

その日は、「言ってやったぞ~爆  笑」って高揚感、「打ち負かした」という勝ち誇った気持ちで

いっぱいでした照れ

 

だけどね~、現実は甘くないもので、翌日、仕返しをくらったんですガーン

 

授業中、1人の男子生徒のグズグズ泣く声、

 

クラス中から抑えながらも聞こえてくる「クスクスッ」という笑い声。

 

「なんだろうびっくり?」と思ってよく見てみると、

 

知らない間に、わたしの机とその子の机が交換されていて、

 

その男子は「いじめられっ子」のわたしと机を交換されたことが恥ずかしくて、

 

それで泣いてるんだ、ってことが分かりました。

 

暴力を受けたりはしていないけど、わたしに向けられる「いじめ」というのは、

 

「おまえは逆らうな」という、静かだけどとても冷たいものだったんですショボーン

 

それから、わたしは「言い返しても反撃を食らうなら、言ってもムダ。無視しよう真顔」

 

と思うようになり、笑われたり、ちょっかい出されても、とにかく無視。

 

能面のような顔で冷静に「傍観する」ことで、じぶんの気持ちのバランスを保ってたんだ

 

と思います。

 

2.じぶんの容姿へのコンプレックスから、「どうせわたしは何着たってブスなんでしょ!」と、ささいなことに傷つく「クセ」がある

 

小学校のときから、「ブス」と言われてからかわれてきました。最初は抵抗してたけど、

あまりにも言われるものだから、

たんだんじぶんでも、「あ~、わたしはブスなんだ」って、言われた言葉を「飲み込む」ように

なってきました。

 

なので、友人と話していて、友人がわたしのしているマフラーの柄を見て、

「その柄変わってるね」と言ったとしたら、

わたしの中で、「変わってるね=ヘンだね=趣味悪いね=ブスだからね」って、

無意識にあたまの中で自動変換するようになっていたのです滝汗

 

だから、いきなりキレて怒り出すわたしを見て、

友人は「柄が変わってて素敵だ」って言おうとしてただけなのに、なんで滝汗?

ってなっちゃうわけなんですよ。

 

そしてその怒りの底には、「やっぱり、この子だってわたしのことバカにしてるんだ」、

「わたしなんて、どうせブスだから、何着たってヘンなんでしょ!」という、

「拗ね」が隠れていたんだと思います。

 

3.母との喧嘩が壮絶だったので、「本音」を出そうとしても、そのエネルギーを出すだけで

 じぶんが疲れてしまう

 

わたしと母は、わたしが中学生ぐらいのときから、言い合うようになっていました。

さっきまで仲良くしゃべっていたのに、「あるキーワード」が引きがねとなり、

「なんでそういう言い方するのよ!」「お母さんこそ、わたしの何を知ってるの!」と

毎日言い合いのケンカです滝汗

 

本来「ケンカ」とは、相手とのコミュニケーションの手段で、勝ち負けではないのに、

なぜか母と喧嘩するときは、最終的には、「どちらが言い負かしたか・認めさせたか」で

終わることが多く、わたしは、母が勝ち誇って口に出す「ふふんっ照れ!」が超絶嫌いでゲロー、

その言葉を聞くたび、「いつかわたしも言い負かしてやるんだから~えーん」と泣きながら願った

こともありました。そう、毎日が「戦争」のようだったんです滝汗

 

そのくせ、わたしが弟とケンカをして言い争いをしていると、まだ話が終わっていないのに、

母が割り込んできて、無理やりケンカを終わらせようとするんです滝汗

 

理由を聞くと、「わたしはケンカが嫌いだから」「うるさくて寝れないから」

 

はーっ!ふざけんな!どの口が言うんだ!ムキー

なんて自分勝手な母親なんだ!

 

時には、まな板を包丁でバンバン叩いて、「やめなさーい!」って怒ったりとか、

私にだけ、「あんたと弟たちは違うの。追い詰めないで、逃げ道を作ってあげなさい」と

言ってみたりとか。

 

「なんで!なんでわたしだけ我慢しないといけないの!」

 

今となっては、わたしのブログを読んでくれるまで、「よい距離」を保てるようになりましたが、

当時の母への不信感はサイアクで、

「こんな母親、いやだ!こんな母親みたいになりたくない!早く家を出て離れたい!」

と思っていました。

 

だから、家での壮絶の戦いから離れたいから、「怒り」を表に出さないようにする、

少しぐらいイラっとしてもニコニコしているようになった。

 

 

こうやって、わたしの「イビツ」な性格は出来あがっていったんだと思います。

 

だからきっと、今まで、特に数年前までに出会ったひとたちは、

 

「こいつ、何言ってもニコニコしてるし、何を言っても怒らない」と思われ嫌なことを言われる、

 

または、「本音を言わない、何を考えているか分からない人」のイメージが強いと思います。

 

もう過ぎた昔の記憶なので、それ1つ1つを恨んだりするようなことはありません。

 

それから、母に対しても、

 

母の家では、まわりから見ると、「ケンカしている」ように見えるやり方でコミュニケーションを

取るのが「当たり前だった」、

母のお父さん(私のおじいちゃん)も、笑顔が素敵なひとだったけど、

怒ると机を「バーン!」と叩くような激しい性格も持っていたので、

母の「ケンカ腰に見える」コミュニケーションも、彼女にとってはいたって「普通」のことで、

そういうやり方こそ、「彼女なりの愛情表現」だったんだってことが、

最近はやっと分かってきています。

 

だんだんじぶんの「取り扱い説明書」が増えてきて分かってきたので、

今回気づいたことも、その中に加えようと思いますウインク

 

【キラキラわたしからのなおちゃんへの取り扱い説明書キラキラ】

「もうやだっ!わたし、この人に大事に扱われてない!」と傷ついたら、

冷静にそのときの状況を確認してみる。

そして、「いま、こう思って嫌な気持ちになったんだけど、どういうことだったの?」と

聞いてみる。

そして、「引き潮のようにサーっと縁を切りたくなる」ときは、「本音を出していい」サイン

なので、勇気を出して、感じだことを口に出してみよう。

もしかしたら、相手は、わたしにフォローしてほしいんじゃなくて、

わたしの「本音」が聞きたいだけなのかもしれない。

わたしのこと、もっと知りたいと思ってくれているかもしれない。

 

だから、まだまだ「怖い」けど、少しずつトライしてみようねウインク

 

はぁ~。思ったことをまとめられてスッキリ。このタイミングで気づけてよかった爆  笑

 

ということで、以上、愛されなおちゃんでした爆  笑