とても気に入っているので 大事にしている。 写真をとった。

本日は ちりめんジワの手がたくさん出ます・・・ゴメンちゃい。
ママはよくビーズでセンスの良いアクセサリーを作っていた。

「緑」は 私の好きな色。
「緑」は スカーレットのドレスの色だし 瞳の色だから。

手の写真 自分で撮るのは難しい

ってか
若いころの 綺麗な手なら どー撮っても「絵」になるんだろうけど・・・
しわ・・・ 仕方ないなあ・・・
これから 増える一方で
シミとかも 出来るんだろうな。

バスや電車の中で 自分より年上の女の人の「手」をよく見る。
それで 色々な事を考えちゃうね。

指輪もイヤリングもネックレスも・・・ブレスレットも
若い時は 美しさを飾るのに良い演出をするのだけど・・
歳をとると それを装着しているばかりに 「そこ」に視線がいってしまって、
かえって 老け込んだ「手」や 「首」 「頬」に
人の視線を あつめてしまう・・・・・
つまり もう「美しさを飾る」 ためではなく
「老いさらばえた事を 強調する」 為の物になってしまう・・・・。
そう感じるようになって来た。

歳はとるのは いやな事だ。
さいきん 朝 手の指が むくんだりこわばったりするし・・・・
力が入らなくて 瓶のふたや ペットボトルのキャップが開けられない。
なにか 病気になるのかもしれない・・・・
それも 仕方ない事なのかな。
と・・・・鬱うつ と考えながら・・・
アタシは またこれだよっ。
3種の神器的写真。
首都高と アタシの手と指輪
┐( ̄ヘ ̄)┌

これは 私の とても気に入っている ガーネットの指輪。
シルバーの台だし、決して高価じゃない・・・むしろ「安価」なものだけど
非常に個性的なので 一目ぼれで購入した、10年以上前だな・・・・。
ようつべカスタマイザ
あのころは 「 指輪が歳を取った手を強調させる物になる」なんて 考えもしなかった。
歳をとると 色んなものが 要らなくなってくるんだなぁ。

でも
物には 「思い出」や 「永遠性」が付くのね。
「思い出」や 「永遠性」は 後で付けたして「買う事」はできない。
それは 瞬間でもあるんだ。
その瞬間と 永遠性が宿っている・・・・
だから とっても「大事」で 大切なのだ。
ママの指輪には ママの素敵なお店や
たくさんの楽しいお客さんと過ごした時間がつまっている。
決して忘れることのできない 永遠の楽しい時が この中に見える。

ずーっと 大事に・・・
お婆さんになっても 私はこれを 指にはめては ながめて楽しむのだ。
ガーネットの石の指輪は どうだろう?
やはり 同じかな

でも 私が 死んだ後、
誰かに大事にしてもらえたら 嬉しいから
気に入ってくれて 欲しいと 熱望する人がいたら
あげてしまうかもしれない・・・・。
だって 私は いつか死んでしまうじゃない?

石には 永遠性があるけど 私には 永遠は無んだもの。
「石」って 好き。

手の件に関しては 検査しましたが 一応 リウマチ反応もなく 今のところは健康みたい。
つまり 具合が悪いのは「歳」のせいだって よ。
最近医者にいくと よく こういわれて納得させられます。
「だんだん 歳と共に 仕方無いですねェ~~~」
ちりめんジワの 手を羅列して スイマセン
