父の付き添い看護を代わってもらってから、
私は以前のように毎日病室を訪れることは
なくなっていた。
今となればなぜそうなっていたのか分からない。
ここの記録はあえて取っていない。
ただ覚えているのは、
「できる限りのことは、できた」
「お別れもできた」
「自分の中ではしてあげたい事はなんとかできた」
そんな事を思ったのを覚えている。
誰かがお見舞いに来てくれる度に。
「なんで知らせたの?」
と言う父に、私は、
「もう少ししたら分かるから」
「答え合わせができるから」
と、あちらの世界へ旅立った時のことを
そっと小さな声で伝えた。
もちろん、父には聞こえてないらしく
これは潜在意識に訴えかけるようにした。
魂が覚えておいておけるように・・・
段々と眠ってばかりの時間が増えていった。
母から聞いた話だが、
目が覚めるとベッドの柵をガタガタと動かし、
「まだか~、まだか~」
と唸っていたようだ。
目覚めた時の身体の痛みを感じていたのかもしれない。
看護師さんを読んで、
少しでも痛みがなくなるように、
配慮してもらうよう、母へ伝えた。
目覚めたと思ったら、
母の顔を見て癒そうな表情をする。
それはまだ生きてることを
嫌がっているかのようだったそうだ。
そして眠る時間が長くなり、
超えられないと言われた翌月を迎え、
少し経った頃。
世間ではお正月の雰囲気で賑わっている日。
朝、呼吸をした後、父は息を引き取った。
母が見守る中。
寝ている状態で、その瞬間は突然訪れた。
主治医に言われた余命より、
長く生きられた。



