気にすべき事は、やはり作業所内のことではなく、
自分の体調だった。
色々な数値に異常が出ていた。
休むこともあったが、
海外から旅行に来ていた友人に会えたこともあれば、、
調子の良い時には、
父に運転の練習に付き合ってもらっていた。
父の仕事用のトラックは、
この年のバレンタインデーに納車された。
それまでのマニュアル車から、オートマになり、
私も運転できるようになったのだ。
今でも思うのは、軽トラックは荷物を積んでなければ
後ろがよく見えるので、運転しやすく最高。
私が運転する時は、集中力が切れるといけないと
CDの持ち込みも、ラジオもかけるのを禁止し、
早朝の人気がないとき。
父がその日指定した場所でのみ、
運転するのを許された。
父は私の運転はキライで、文句ばかり。
運転歴何十年の人と同じにしないでほしいと
いくらいっても聞いてくれない我が父。
断捨離も少しずつ行い、休みの日に
寝て過ごすのではなく、
身体を動かすことを意識した。
もちろん、身体からサインがでると
昼寝をして回復するように努めた。
作業所の仕事は、新しい人が入ってきたり、
出張販売会に参加するなど、
新しい試みが始まり、疲れながらも、
なんとかスケジュールについていけるように努めていた。



