先日Blogに義父が今日退院と書いたのですが・・・退院ではなかったようです。午後から夫が迎えに行く予定だったのですが、義母は自分の診察があったので午前中から病院に行っていました。自分の診察が終わってから病室に行くと看護士さんから「今日退院っていうことにはなっていないよ」と言われたそうです。
先週、先生との面談の時来週のはじめくらいには退院になると言われ、退院するなら月曜日でとこちらの希望を伝えてあったのですが、そのまま義母は思い込んでしまったのかな?
看護士さんは「まだ体力が戻っていないのでもう1週間位はと思っているのだけどどうしても退院したいのなら手続きしますよ」と言われたそうですが、やっぱり病院の方が安心なのでそのまま入院を継続することにしたようです。
義父は少しでも早く家に帰りたいのでしょうけどもうちょっと食べられるようになるまで我慢してもらいましょう。
昨日、お見舞いに行って義父の昼食を食べ終わった後に薬を飲ませたのですが、前の入院の時は自分で薬を飲んでいたと思うのですが薬を口に入れるのも水を飲むのも私がやりました。
自分でやろうという気持ちがなくなってきているのだなぁと思いました。
最近、義父を見ていると祖父を思い出します。ぎっくり腰から寝たきりになり、3年後私が結婚する1ヶ月前に亡くなってしまった祖父。ずっと自宅で介護していました。
その頃は介護ベットも紙おむつもまだ普及していなくて布団の上で寝ていました。
最初はご飯の時ははいずって食卓まできていたけどだんだんそれもしなくなり、トイレもオムツになり、食事も食べさせてもらわないとできなくなりました。
母はまだ働いていたので昼間は祖母が夜は母が私も手伝いながら介護していました。
今のようにヘルパーもショートステイもなかった頃なので今考えればよくやったなぁと思います。でも当時はそれがあたり前だったから何も思わなかったのでしょうね。
頭だけははっきりしていたので孫の私がオムツを変えようとすると濡れているのに「しとらん!」と言ったりしていたっけ。
結局、突然脳梗塞みたいなのになって意識不明になり、かかりつけのお医者様から病院に移して延命治療はできますがどうしますかと言われ結局自宅で最後まで看ようということになりました。24時間点滴をして家族も24時間交代でつき、1週間後眠るように息をひきとりました。幸せな最期だったと今でも思います。
義父だってきっと最期は自宅でと思っているのでしょう。けれどそれは家族の協力なしではできないこと。義母の考えもあるだろうし、別々に暮らしている分私がどこまでできるかはその状況になってみないとわかりません。以前は大変なのはいやだなぁ~と漠然と思っていましたが、こうして少しずつ衰えていく義父を見るとできるだけのことはしてあげたいな、と思うようになりました。