自分の中の戦争 | 磯部宗潤の軌跡

磯部宗潤の軌跡

元メンズネイリスト
エンターテイメント事業代表
愉しい時間を書き記します

宗潤です。



小学生には、
小学生の。

中学生には中学生の。

高校生には高校生の
学ぶべき事がある。
学ぶタイミングがある。


大人はそうじゃなく
社会人一年目、
二年目と学ぶことがありますが
経験によりその現場により、
濃く学ぶことがあったりするので、

大人になってからの成長は
本人次第。

だから同じ30歳だとしても
どんな社会人生活だったのかで
話す言葉が変わってくる。


どの段階を経てきたのか?
そこがポイントだ。


そう思ってました。
この前まで。



でも、
よく考えたら

小学生には小学生の教育。
中学生には中学生の…



果たしてそうなのか?

いやいや、
それは大人が子ども達の
成長を止めてることにならない?


挑戦しようとしてることに、

いまはまだ早い、
もう少し大きくなったら、
できるわけない、

そんな言葉をかけてる
親子像が脳裏をよぎる。



大人は心配という根底から
その言葉を発するんだろうけど、


その心配は
どの経験からきてるのか?
を考えると
自らの経験ですよね。


このループって永遠に続きますよね。


知らず知らずのうちに
その世界を自分で作ってしまってることも
気づかなくなってしまってる。



そこに問題点を見出し、
心理学や精神医学の世界が
広がってきた。


となると、
患者は減るのか?と言われると
増える一方で…


みたいなまたループが始まる。


そうなると
問題点て
ほんとに問題なんだろうか?
とか

そもそも問題とするところが
違うくない?
と思ってしまう。


僕のメッセージの書き方も
いつも比較対象があり、
それに対しての心の叫びとなるので、
誰かのなにかのマイナス要素に対しての
意見になってしまってて、

自分で振り返って読むと
しんどいメッセージが多い笑



となると、
僕自身も問題点としてる事がずれてる、
または問題点なんて
もしかしたら

ないのかもしれないという発送の方が良いのかも。


誰も問題解決してほしいなんて言ってないのに、
解決しようと、整えようとしてしまってて、

整ってない事が問題で
解決できてない自分に力の無さを感じる。



もしかしたらそうじゃなく、

あれやこれやのうんぬんかんぬんより、
うちがわからくる、
やりたい!叶えたい!
こんな世界を創りたい!
こんな自分の人生にしたい。

という
純粋な想いだけで
いいのかもしれない。

と
最近思うようになりました。



素晴らしい活動をされてる人々が
多くいる中、

その方達の話す言葉からも、
今、他で行われてる方達の活動の
批判メッセージが受け取れる。

本人は批判してるつもりは
ないのだろうけど。

となると、


やっぱりそう聴こえてしまう僕も、
そう書いてしまう僕も

なにかと戦っているなぁと思う。



僕の中でのこの戦争をいち早く終わらし、
僕の描きたい世界を
仲間と一緒に描いていきたい。


そんな気持ちです。



モンサンミッシェルさん。



あなたはあなたで
素晴らしい。