今日は気分を変えて、ちょっとした思い出話にお付き合いください。
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タイ最終日の日、どうしても行きたい場所がありました。
夕食はランナム通りで食べたと先日書きましたが(その時の記事はこちら)、そのお店の目と鼻の先にある、とあるアパートです。
こちらに住んでいる方に何かご迷惑があってはいけませんので、アパートの名前は分からないように加工いたしました。
実はここ、10年ほど前、3か月ちょっと住んでいたんです。
当時の私は離婚したばかり。
実家に戻ったことを人に質問されるのが嫌で、全てのしがらみから解放されたかったため、バンコクへ来ました。
大義名分としては「タイ古式マッサージを習う」でしたが、簡単に言うと逃亡のようなものでした。
何故かタイミングよく(?)妹も仕事に疲れていたらしく、結局二人でここに住みました。
一ヶ月ごとに借りることができる、BTSもバスも両方使える、などの利便性を重視してここに決めたのです。
二人だったので、スタジオではなく、ワンベッドルームの部屋を借り、マッサージを習いつつ、途中で休憩をはさんでは旅行しつつという、好き勝手な生活を満喫していました。
今はデューティーフリーができ、オシャレなお店も立ち並ぶランナム通りですが、当時はのんびりとしたもので、伊勢丹からバスで2つ目というのが信じられないほどでした。
おはようと挨拶してくれる麺屋さんのおじさん、新聞を毎日買いに行くので顔見知りになったおばさん、ほんわかした優しさで私を包んでくれました。
私にとってランナム通りは特別な場所になりました。
3か月後、どちらともなく「日本に帰ろうか」ということになり、帰国。
その後はそれぞれ日本で仕事をしていました。
でも妹が突然に「タイ語を習いに行く」と言い、学校を決め、また同じアパートに住み始めました。
家賃は高めですが、フロント(サービスアパートなのでフロントがあります)の人たちとも顔見知りですし、周囲の環境をよく知っているので、安心感があったようです。
母が心配するので、3か月ごとに私は妹の様子を見にバンコクへ行っていました。
その時も当然、妹のアパートに泊まりますので、ますます「バンコク=ランナム通り」になりました。
何をするわけでもないですし、当時の知り合いがこのアパートに住んでいるわけでもありません。
でも、バンコクに行くと、一度はこのあたりに足を向けます。
変わったランナム、変わった自分、その中で変わらないのは思い出だけ。
そんなことを思いつつ、途中のコーヒーショップで考え事をしたりします。
ここに来ると、切ない気持ちと懐かしい気持ちでいっぱいになります。
あの時の自分がぎゅっと詰まった、特別な場所、それがランナムです。
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