舌を頼りに 30年間食べもの絵日記を描き続けている 雑食性サラリーマンです。
※最終回と掲載順序が逆になってしまいました。
食記・九州編より29・IL DE FRANCE
豊山町への引っ越しを翌日に控えた1992年8月8日は九州地方に台風が接近していた。おそらく城南区別府の我が家にかかってきた最後の電話は、この日の午後にイル・ド・フランスからかかってきた電話だろう。それは台風が来ているけれど予定通り来店するかどうかを確認する電話だった。
私達夫婦が福岡最後の晩に出かける店はイル・ド・フランス以外には考えられなかった。当然予約してあったのだ。私は何があっても行きますと答えた。2年間の福岡生活は楽しかったが、仕事の面では苦労が多かった。妻も慣れない土地で大変だったと思う。そんな私達が何より楽しみにしていたのが、月一回のイル・ド・フランス訪問だったのだ。台風が来ているぐらいのことでキャンセルなんかできるわけがない。それでも夕方予定通りに店に着くと、さすがに私達以外の客はまばらだった。この夜はおまかせコースにしたのだが、フォアグラのテリーヌにはじまり、鳩のロティで締めくくったディネは素晴らしかった。おかげで私達は心置きなく福岡を後にすることができた。
その後も福岡を訪れる機会があればイル・ド・フランスを訪れた。平岡マダムとは年賀状のやり取りもさせていただいていた。だが最後に訪れたときにマダムが不在なことに気づき店の人に尋ねると、この前年マダムが亡くなられたと教えられた。マダム不在のイル・ド・フランスは料理がすっかり変わっていた。平岡マダム不在のイル・ド・フランスは私にとってはイル・ド・フランスではなかった。その後足が遠のき再び店を訪れることはなかったが、数年後には閉店してしまった。今、店のあった建物の前を通っても、かつてそこにフランス料理の名店があったことをうかがわせるものは何もない。
引っ越し前に最後に訪れたとき、平岡マダムから一枚の絵をいただいた。あれから28年、その絵はいまも我が家の居間にかざられている。
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