長男が働き出すようになり、我が家には再び普通の日々が訪れた。
が、どちらかというと私のほうが
ほぼ毎日のように仕事から帰ると出掛けていく日々だった。
どうかすると、勤務が終わり家に帰らないまま別の用件のために出掛けていることも多々あった。
子どもたちには申し訳なくも、朝、晩御飯の支度をして出られないときは、ほか弁のお世話になるときも多く。
何でそんなに出掛けていたかというと、
長男のことがたったひとつの大きな悩みだった私は なんとかこの問題を解決せんがため、今まで以上に真剣にそして純粋に信仰に取り組んでいたから。
しかし、そのおかげで長男のことはとりあえず解決したので なおのこと、解決したからもう終わりというような恩知らずなことはできなかった。
そのときは わからなかったけれど
長男とまだ向き合わなければならないことが、まだ残されていた。
私は、長男が不登校になって
なぜそうなったのかを 考えない日はなかった。
私の愛情不足が原因だと思っていた。
私は自分が子どもの頃から、小さい子どもが苦手だと思い込んできたから
長男が生まれたとき そんなにかわいいとは思ってなかったように思う。
だからといって、かわいくないとも思ってなかった。
ただ、どうしていいのか わからなかったというのがほんとうのとこだろう。
実母はすでに他界していたし、夫の母親もあまり子ども好きではないようだったから
こうすればいいのよ、とお手本を示してくれる人が身近にいなかった。
次男が生まれると、次男はとてもかわいいと思うことができた。
赤ん坊をみるだけで 素直にかわいいと思うあの感覚だ。
ただ純粋に、抱っこしたいと思うあの感じが次男に対してはあったが、長男のときはそういう感覚がほとんどなかったのだ。
当時そういうことを思い出して、なぜなのかと、考えてたりしていた。
次男が生まれると、次男のことで精一杯だった私は ますます長男に対してイライラを募らせることが多かった。
そして、長男に対してゴメンねとか、大好きとか言ったこともなければ思ってもなかったなあ、と思い出していた。
だったら私は長男に愛情がない?
ほんとうにそうなのか?
もしそうだとしたら、なぜ?どうして?
朝晩、仏さまを拝むたびにその事ばかり考え、答えがほしいと祈っていた。
Android携帯からの投稿
が、どちらかというと私のほうが
ほぼ毎日のように仕事から帰ると出掛けていく日々だった。
どうかすると、勤務が終わり家に帰らないまま別の用件のために出掛けていることも多々あった。
子どもたちには申し訳なくも、朝、晩御飯の支度をして出られないときは、ほか弁のお世話になるときも多く。
何でそんなに出掛けていたかというと、
長男のことがたったひとつの大きな悩みだった私は なんとかこの問題を解決せんがため、今まで以上に真剣にそして純粋に信仰に取り組んでいたから。
しかし、そのおかげで長男のことはとりあえず解決したので なおのこと、解決したからもう終わりというような恩知らずなことはできなかった。
そのときは わからなかったけれど
長男とまだ向き合わなければならないことが、まだ残されていた。
私は、長男が不登校になって
なぜそうなったのかを 考えない日はなかった。
私の愛情不足が原因だと思っていた。
私は自分が子どもの頃から、小さい子どもが苦手だと思い込んできたから
長男が生まれたとき そんなにかわいいとは思ってなかったように思う。
だからといって、かわいくないとも思ってなかった。
ただ、どうしていいのか わからなかったというのがほんとうのとこだろう。
実母はすでに他界していたし、夫の母親もあまり子ども好きではないようだったから
こうすればいいのよ、とお手本を示してくれる人が身近にいなかった。
次男が生まれると、次男はとてもかわいいと思うことができた。
赤ん坊をみるだけで 素直にかわいいと思うあの感覚だ。
ただ純粋に、抱っこしたいと思うあの感じが次男に対してはあったが、長男のときはそういう感覚がほとんどなかったのだ。
当時そういうことを思い出して、なぜなのかと、考えてたりしていた。
次男が生まれると、次男のことで精一杯だった私は ますます長男に対してイライラを募らせることが多かった。
そして、長男に対してゴメンねとか、大好きとか言ったこともなければ思ってもなかったなあ、と思い出していた。
だったら私は長男に愛情がない?
ほんとうにそうなのか?
もしそうだとしたら、なぜ?どうして?
朝晩、仏さまを拝むたびにその事ばかり考え、答えがほしいと祈っていた。
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