此方のブログにお立ち寄り頂いてありがとうございます!


今回、記録目的もあり、長いですし、ブログの内容が色々、飛んでいる為、読みづらくてすいません🙏




そして、私は、神社仏閣には詳しくありません、

間違いが多々あります、m(__)m

なので、興味を持たれたら、調べてみてください。🙏



2021.12.17日。浅草寺歳の市。








お天気は、曇り雨予報。

覚悟で浅草に向かいましたが、



浅草寺の

本堂上空は青空が覗き、暖かい日差しで、汗が滲むくらいの陽気で助かりました。








一年前の17日は人も疎らで、抜けるような青空が境内に広がってました。




今年も仲見世お正月飾り付けです。


去年の飾り付けとはまた違う良さがあります。

赤富士



破魔矢で邪気退散







宝蔵門の上に恵比寿さんが乗ってる様な写真が撮れてました。⏬

お目出度い。


今回、

羽子板を返す目的だけの為に参拝しましたが、

行ったからには。色々見物したい!裏浅草にも行きたかったのですが、想像以上に

人が多くて、断念しました。

 

今年も干支羽子板、購入出来て良かったです。

うけ羽子板は、干支が中心にくる年回りの人が幸せになるようにとの祈願もあります。

 




有卦の意味は去年の12月17日の歳の市ブログに書いてありますので、興味が湧いた方宜しければ覗いて見て下さいね




2021.12.18日は観音様の縁日


浅草寺の中興座主である、

天台座主の円仁か良源が彫ったらしき観音様が御前立ちに、その関係で天台宗の時期もありましたが、

後に、聖観音宗の総本山となったようです。

↑正確では無いのでご興味がある方は調べてみて下さいね。m(__)m


浅草寺の由来は、詳しくは知りませんが、隅田川から漁師が引き上げた観音様を祀ったことに始まるようです。


観音様を祀ると、金の龍が大空から降りてきたのが、山号の金龍山の名前の由来となったとか。


その時の観音様は絶対秘仏の為、

代々の貫主でもなかなか拝見する事は難しいと聞いた事があります。


浅草寺は、鎌倉時代の源頼朝は観音信仰をしていたので、参拝に訪れているようですし、

室町時代の足利尊氏、江戸時代徳川家康と錚々たる武将征夷大将軍の参拝の場所だったんですね。


浅草寺の歴史は古く1400年前推古天皇の時代と云われているようです。


一言不動の前の池に沢山の鯉が泳いでいますが、本当に真っ白な鯉が一匹居るのを見つけて嬉しくなってます🎵


大化の改新以前からの歴史のあるお寺さんは、参拝される価値があると思います。


浅草寺の不動明王等は、トーハクの最澄と天台宗のチケットで本館の浅草寺の歴史を見る事ができました。、


不動明王は撮影不可です。




浅草寺の中門には山形県村上市から奉納された巨大ワラジが、飾られてますが、

この村上市って、江戸後期まで、修験の山の出羽三山に加えられていたらしいのです。


ちょっと、余談ですが、

出羽三山の開祖は聖徳太子の従兄弟である蜂子の皇子で、蘇我入鹿から、蜂子の皇子を逃したのが聖徳太子と言われています。(伝え)


蜂子の皇子は出羽三山を修験の場として開いた修験の祖との噂も在ります。

蜂子神社の蜂子の皇子の姿は、役行者にそっくりです。

この、三山特別御朱印を郵送で授けて頂く事が出来、出羽三山神社、蜂子神社に参拝の折りに、その御朱印を持参すると、重ね印を押して下さるそうです。

って、話を書いた後に今は受け付けて居ない事が分かりました❗

また、再開する事を願います。


出羽三山神社は、

羽黒山の稲倉魂命

月山の月読命

湯殿山の大山祇命(ネの変換が出来ず示になってます)


この三所で正一位の神階を賜ったとの事です。 


西の伊勢参り(太陽)

東の出羽三山参り(月)と言う言葉もあるようです。


仏教を日本に取り入れた聖徳太子と

聖徳太子を尊敬していた最澄

平安時代に流行った疫病退散に力を尽くした平安の僧侶たち

現代と似てる気がします。




立石寺(山寺)
山寺の画像は2019年のものです。





松尾芭蕉



こちら、
立石寺の不滅の法灯
日光、月光菩薩がトーハクの最澄と天台宗の中で展示されました。



 

ブログの内容が前後しますが、

2021.11.11日

2021.11.17日

最澄と天台宗二回行って来ました。
1回1時間の滞在時間では、観きれないので




        

上野開山堂両大師⏫

(天海大僧正と良源大僧正(元三大師)を祀る寺院)

門を潜ると直ぐ脇に阿弥陀如来、地蔵菩薩等三体の仏様が安直されるお堂が在ります、



本堂ご本尊は阿弥陀如来。


普段、縁がない、護符を頂いてきました。

お坊さんの説明では、三種類ある護符の効果は大きさ等も含め何れも同じらしいので、


護符は比叡山のカレンダーに画かれたものを選びました。



トーハクの

最澄と天台宗では、

最澄、縁の中仙道沿いのお寺の仏像が展示されており、205年非公開の秘仏も今回は拝見する事が出来ました。



寛永寺の薬師瑠璃光如来は滋賀のお寺から、


脇侍の日光、月光菩薩は山形県の立石寺から歓請された仏様との説明です。(寛永寺は上野戦争等幾多の火災にみまわれご本尊が消失の為)


深大寺の元三大師は、座像で2メートルもあり圧巻です。


比叡山の不滅の法灯の場所は撮影オッケーで此方の法灯は、比叡山の初代法灯が立石寺に移り今回のトーハクで展示されたようです。


平成館







中仙道の天台宗縁の仏を205年ぶりに、

今。この時代に拝見出来るのが本当に凄いです。


比叡山の

木彫りの護法童子の胎内から去年10月に見つかった金色の不動明王に、一年ぶりに再開出来て幸せでした。

木彫りの護法童子自体も珍しいようです。


来年、(2022年)

九州、京都で展示された時は是非見られて下さい。


の画像は比叡山延暦寺サイトからお借りしました。


童子の胎内からでた、

8センチ大の、金色の不動明王は、

比叡山では、期間限定で宝仏館に展示されていたので、なかなか、拝む機会は少ないきがします。


京都は、比叡山のお膝元なので、きっと、トーハクよりも貴重な秘仏が沢山展示されそうです。

勿論、護法童子と無動寺の不動明王も。




重要文化財の本館
此方で浅草寺の不動明王が展示されていました。


トーハク本館





2021.11.11の上野公園⏬



2021.8.11日


聖徳太子1400年遠忌。

法隆寺金堂の国宝が23件展示されました

最初のエリアでは、如意輪観音が迎えてくれます。此方の如意輪観音も国宝です。


2才の聖徳太子像の横にはお釈迦様の左目の仏舎利が置かれていて此方は、法隆寺の舎利講の時に隙間から拝見出来るくらい貴重な物で、

1400年遠忌の為特別に間近で拝観出来たことに感謝でした

その他、印象に残った仏は、法隆寺の多聞天(一木造り)日本最古の四天王像の一体で多宝塔を持つ多聞天は珍しい気がします。(密教以前の姿らしいです。)

金堂の本尊の薬師如来の光はいには法隆寺の由来が書かれています。



最後のブースには白鳳彫刻の最高傑作と言われる

阿弥陀三尊。

普段は厨子に納められており、拝む事が出来ないので貴重な体験でした。

トーハクの

聖徳太子展をみて思ったのは、顔が笑ってた事。

その表情は穏やかで、今まで見た聖徳太子とは違う一面を見た気がしました。


ちょっと興味を持った今年。

今から40数年前のシルクロードの映像を偶然見る事ができ、


仏像の始まりはアフガニスタンだと言う事。

其処から

西側はユダヤ教からイスラムやキリスト教になりローマへ


東はガンダーラ、天竺、中国、韓国を経由して奈良に仏教が伝わったこと等を知りました。



アフガニスタンの石仏は洞窟に彫られ、数は200体あまり、顔は全て笑っていました、この仏像たちは、全て弥勒菩薩と言うのも興味深いです。


2021.11.17日の上野公園⏬


国宝釈迦如来座像ね画像はお借りしました、
此方の光背に法隆寺創建由来が書かれています。
こちらの仏像の身長は聖徳太子と同じ身長とのこと。
聖徳太子が亡くなられた翌年に完成しました。
毘沙門天が飛鳥時代の彫刻で、お顔が可愛いです。
法隆寺の金堂では、釈迦如来と釈迦如来にそっくりな仏像の真ん中に居られます。

そして、こちらのお釈迦様と本当によく似た仏像が法隆寺には祀られておりますが、聖徳太子が亡くなられて、30年後に作られたとのことで、聖徳太子とも伝えられています。





トーハクで奈良法隆寺の聖徳太子を見た時、

顔が微笑んで居たのはアフガニスタンや天竺の仏像の影響でしょうか?

(アフガニスタンの洞窟の仏像は皆微笑みを浮かべています。)


 聖徳太子の奥様は百済からの渡来人。

飛鳥時代の日本は、中国や百済、新羅、秦の渡来人と土着民が入り乱れた時代でもあり不思議な時代です。

法隆寺には百済観音が祀られています。

この百済観音は身長が2m。

透かし彫りも本当に美しいです。

この、大きな百済観音が法隆寺から見つかったのは江戸時代に入ってからとのこと。

不思議です。


話、反れてすいません🙏


笑顔の聖徳太子像は、優しさに包まれ、見てるだけでも、癒されました。


2021.8.11日

東叡山寛永寺

焼け残った鐘楼。

寛永寺は、御朱印を頂くと散華を頂けます。
なかなか、散華って貴重なので、機会があれば頂いて下さい😊



根本中堂(本殿のご本尊は薬師瑠璃光如来で最澄さんが彫られ、脇侍は円仁さんが彫られた日光、月光菩薩との伝え)
開祖は天海大僧正。

本堂は比叡山の根本中堂を模した造り。

寛永寺には、幕末、慶喜が謹慎していた葵の間があります。(予約見学)

お盆前に寛永寺に参拝してから、トーハクの聖徳太子展へ。チケット予約してないので当日入館出来るかは分かりませんでしたが、空いてました。


川崎大師、

2021.10.28日


不動明王縁日、本堂では、この日、般若心経は唱えられず観音経でした。

不動堂では、不動経と般若心経
藤田貫主の護摩祈祷は珍しいです。ラッキーです。





この間からずっと不思議に思ってるのは、本堂も不動堂にも不動明王の縁日には大根が納めてあることです。

意味があるのでしょうが、分かりません。

私は待乳山聖天には参拝したことがありませんが、こちらは本堂に大根をお供えします、

意味は浄化とお坊さんがテレビで話しておりました。川崎大師の大根の意味が浄化かは分かりませんが仏教として見ると同じかな?とか思ってます。

間違っていたらすいません🙏


2021.12.21日

終い大師(般若守護十六善神の大般若転読会)

門前には、注連縄や門松の準備が進んでます。






来年は、弘法大師生誕1250年祭

再来年は10年に一度の赤札

益々、賑やかになります。 







何年も通う川崎大師で、この日、発見が有りました。

二葉の松の中に、ほんの少し三鈷の松が混ざってる松の木が在りますよ。

是非見つけて下さい。



2021.11.23日

高野山東京別院






不動堂

一時期封鎖されていた本堂に入れますが、

中書院は入れません。


余談なのですが、東京別院紙袋のデザインが、弥勒菩薩の梵字に変わっていました。






ちょっと、スイーツのお店の話を、、、


この、東京別院の前のパティシエのお店、(予約制)この日は結構並んでました。


予約が面倒で、並ぶ為まだ買ったことは無いのですが、ショコラティエ、パティシエのケーキ、チョコ並んでも食べてみたい☺️



そして、重要文化財の高輪消防署の建築物、素敵です。



昭和8年生まれの高輪消防署、当時は火の見櫓から東京市が一望出来たそうです。

保存して欲しい建造物です( *´艸`)


高野山東京別院のお隣の高輪警察
こちらも、古いです。
パトカー好きなので、記念に。


2021.11.25日

山王日枝神社
月参り
下りエスカレーター完成の日で
栞がエスカレーターの絵柄でした。
.



完成した下りエスカレーター。




摂社『八坂神社、猿田彦神社、山王稲荷社』


今年は、体調も鑑みて。

近場の神社仏閣ばかりでしたが、

それで、良かったような気もします。


遠くの神社仏閣はブロ友さんのブログで十分満喫出来てる自分に気付きました( *´艸`)




今年、ブログをご訪問頂いた全ての皆様、

来年は良い年をお迎え出来ますように。



好きな場所に安心して訪れる事が出来ますように



大変な治療を受けている方の身体の辛さが少しでも軽減されますように。




来年、皆様が、

幸せで平和在りますように。



最後までお付き合い頂きありがとうございました。


m(*-ω-)m(*- -)(*_ _)ペコリ

ありがとうございました!



次、毘沙門天について書けたらと思います。