本土神社から最後は虎渓山永保寺へ向かいますプンプン

虎渓山永保寺
【こけいざんえいほうじ】

山号は虎渓山。虎渓の名称は景色が中国廬山の虎渓に似ていることによるといわれています。


1313年(正和2年)土岐氏の招きを受けた夢窓疎石が長瀬山の幽境に庵居しこの禅寺を開創されましたが、1317年(文保1年)夢窓は同門の元翁本元(仏徳禅師)に寺の後事を託して上京されました。


1335年(建武2年)夢窓が臨川寺(京都)開山となられたとき、永保寺開山は元翁本元に改められました。


元翁の寂年は1331年(元弘1年)で、開山となられたときにはすでに遷化されていましたが、元翁の塔所である南禅寺正的庵末寺の五山派寺院として展開しました。


しかし文明期以後には衰微しましたが、江戸時代の1746年(延享3年)には末寺28ケ寺、孫末寺1ケ寺を有し、山内塔頭(たっちゅう)の輪番によって住持をつとめ護持されてきました。


現存する開山堂と観音堂は国宝に指定され、両堂には南北朝期から室町初期における歴代住持や檀那の位牌が納められ、開山堂には元翁本元と夢窓疎石の木像が安置されています。


絹本着色千手観音像(重要文化財)のほか、夢窓や元翁の墨跡など数多くの文化財を所蔵し、観音堂前の庭園は臥竜池と称する池に反り橋の無際橋が架かり、浄土教的庭園の様式を感じさせる名庭で、国の名勝に指定され、建築・庭園・墨跡など禅の美術で注目される禅寺です。


また近世末期には白隠慧鶴の一系に属する春応禅悦(霊機神応禅師)により僧堂が開かれ、雲水が禅の修行に励む臨済宗南禅寺派の専門道場(虎渓僧堂)を併設しています。



六地蔵
六道の世界を輪廻転生しながら彷徨い続ける人すべ てを救済し、極楽浄土へ導いてくださるという誓願をお持ちの菩薩様照れ


 「地獄」「餓鬼」「畜生」「修羅」「人間」「天」の六道を行脚される地蔵菩薩の御姿を、それぞれ六体の尊像に表したものがこの六地蔵尊なんよえー



本堂
平成15年9月、臨済宗の古刹永保寺の本堂、庫裡、大玄関が火災で焼失ガーン


幸い国宝に指定されている観音堂、開山堂は類焼を逃れましたが、この不幸な出来事は、テレビ、新聞で大きく取り上げられ、全国に報道されたんやってショボーン

すると、焼失した伽藍は文化財に指定されていなかったにもかかわらず、多治見市在住の学生や市民を中心に募金活動が始まり、復元に向けて機運が高まりました爆笑


その動きを知り、全国から設計事務所、建設会社がその復元工事に名乗りを上げ、プロポーザルが行なわれましたえー


しかし、本堂復元の頼りになる資料は写真のみという状況で、作業の進め方に不安を抱いたとの事えー


そんな折、焼失した本堂は、後に完成した旧庫裡より柱が細く、軒の出も浅いなど、方丈伽藍として充分な構造ではなかったとかキョロキョロ


そのままの姿で復元する必要なはいのではないかという意見が出され、許しを得て、見解を取り入れた設計を行なう事にしたんだとかえー



庫裏
見事に復元した庫裏プンプン
綺麗ですね照れ


鐘楼
昭和23年鋳造の梵鐘があります照れ

毎年の除夜の鐘は、一般にも開放されるそうですよ爆笑



賓頭盧長者
古来、身体の悪いところと同じ箇所をなでることで治ると信じられており、「なで仏」として信仰されてるんよ照れ


また、そばを流れる土岐川に「龍浮淵(りょうふえん)」という場所があり、その昔、結婚式などで数多くのお膳などが必要になった時に、「何日にお膳を幾つ貸して下さい」と紙に書いて龍浮淵に流すと、当日には龍神様が河岸に揃えてくれていたという伝説があるんやってびっくり


龍浮淵という言葉が、良夫縁・良婦縁などに繋がるということから、良い伴侶に出合う縁結びのパワースポットとしても知られてるんやって照れ



茅葺き…素敵ですよね照れ


観音堂(水月場) 国宝
桁行三間、梁間三間、一重裳階付、入母屋造、檜皮葺で水月場とも観音閣とも呼びますえー


夢窓国師が虎渓に来られて1年、正和3年(1314年)40歳のときに建立されもので、禅宗の伽藍の中では一番大切な仏殿すなわち本殿のことニヤリ


明治34年3月国宝に指定され、さらに文化財保護法によって昭和27年改めて国宝に再指定されています照れ

 

その主な理由はえー
この様式の建物では、鎌倉円覚寺の舎利殿についで鎌倉末期の唐様建築のすぐれた代表的遺作である


唐様建築の手法に、平安朝からひき続いた和様建築の手法を折衷させた特殊な建築である


建築の主要なところが比較的改修後補が少なく、当時の面影を完全に保っている
などがあげられますプンプン

桧皮茸の伸び伸びした軒ぞりを持った豊かな屋根、上屋と裳階の巧みな均斉に、いかにもどっしりとした安定感を与える荘重な姿は、代表的な禅宗特有の建築スタイルということができますえー


唐様と和様の折衷様式といわれる如く、40年程後に建立された開山堂に比して和様の手法が多くとり入れられていますニヤリ


すなわちえー
1,軒に垂木を用いず四隅に隅木が見えるだけで板張りである


2,枓栱(ときょう)が詰組でなく亜麻組である


3,円柱の上部には粽(ちまき)をつけ台輪をおくが下部には粽も礎盤もない


4,床は坐式礼拝ができるよう拭板敷とし、裳階前面一間通りは吹き放しとなっている

正面観音開きの桟唐戸には上半に精巧な美しい花狭間の組子がはめこまれていますえー

また須弥壇の上の岩窟式厨子には県の重要文化財に指定されている聖観世音菩薩の坐像が本尊として納められています照れ



庭園
面積約51,300平方メートル(内約8,000平方メートルは市指定)

観音堂を建立した夢窓国師は、石立僧としても大変すぐれた方でしたえー


京都の西芳寺(苔寺)をはじめ、鎌倉の瑞泉寺、京都の天竜寺、山梨県甲州市の恵林寺など夢窓国師の作による庭園が各地にありますが、この庭も国師の代表作の一つなんやってびっくり


自然の地形、景観を巧みに利用して築造され、中世禅宗寺院の庭園として高い価値があるんよ照れ


当時虎渓山は四隣数里人無き幽境といわれていましたが、四囲の山の姿、岩石の形、水の流れを洞察して庭園を造り、寺を建立した夢窓国師の非凡な造園力には驚嘆すべきものがありますえー


観音堂傍らの梵音巌、これにかかる水瀑を梵音の滝と名づけていますニヤリ

池は臥龍池と呼ばれ、心字池ともいわれていますえー


池に架かる橋は無際橋、現在ではこうした屋形のある橋は珍しく、昔は一時仮の土橋だった時代があったともいわれますが、国師の作庭にこの種のものがあったとされ、昔からの形を伝えるものと考えられていますニヤリ


石組、護岸等の細部は後世に改修されていますが、池畔のいずれからもその景観はすばらしく、観音堂、岩山、橋、池などの地割り構成の巧みさ、視界におさまる広さなど、みごとな造りの庭園やね照れ

橋は無際橋と呼ばれ、この世(煩悩にまみれた此岸)とあの世(悟りに満ちあふれた彼岸)を結ぶ橋だそうですよびっくり



開山堂(僊壺堂)  国宝
夢窓国師の示寂された翌年、仏徳禅師の没後20年の1352年、永保寺では僊壺堂(せんこどう)が建立プンプン


当初は祠堂(しどう)部分のみでしたが、その後相の間を挟んで礼堂が増築され、現在の姿になったんやって爆笑


祠堂には右手に開創夢窓国師、左手に開山仏徳禅師の坐像が祀られ、その奥には開山仏徳禅師の宝匡印塔が祀られていますえー


また相の間には保寿院開山果山正位禅師坐像並びに虎渓山歴代の古位牌が祀られています照れ

外陣(礼堂)は桁行三間、梁間三間、一重、入母屋造、檜皮葺で、内陣(祠堂)は桁行一間、梁間一間、一重もこし付、入母屋造、檜皮葺となっていますキョロキョロ


この開山堂は名勝庭園内の臥龍池を回った一番奥の僊壺洞(せんこぼら)に築造され、夢窓疎石や仏徳禅師が山居されていたとされる盤礴庵(ばんばくあん)や大包庵(だいほうあん)の跡が林になっていますニヤリ



光明天皇勅願所
足利尊氏が征夷大将軍になってからは永保寺は光明天皇の勅願所(天皇の勅命により、鎮護国家・玉体安穏などを祈願すること)とされ、経済的基盤を固めていきました。このため勅使門があったと思われますえー


光明天皇は北朝二代目の天皇(つまり先代は、南朝の後醍醐天皇、北朝の光厳天皇の二人)ですね照れ



境内にはえー

虎渓西国三十三所観音があちらこらに爆笑



坐禅堂
一般の坐禅会がこの禅堂にて行なわれてるんやって爆笑



六角堂(霊擁殿)
梵音岩上の六角堂には、千本地蔵が祀られており、願いをかける人が地蔵を借り、願いがかなうとあたらしい地蔵が添えて返されていますえー


滝の水は、虎渓山北西にあるしでこぶし群生地付近の湧き水を集めたものなんやってニヤリ



虎渓山登僊嶺保壽院
保壽院(ほじゅいん)は臨済宗南禅寺派の禅宗寺院ですえー


虎渓山永保寺の塔頭(たっちゅう)寺院の一つで、 虎渓山登僊嶺(とうせんれい)保壽院と正称しますニヤリ


塔頭寺院とは大寺の寺域内に在って本寺を補佐する子(支)院のことなんよニヤリ


保壽院は永保寺の塔頭寺院の中で最も古く、永保寺の第三世である果山正位(かさんしょうい)禅師によって1341年(暦応4年)に創建されましたプンプン


果山正位禅師は仏徳禅師の直弟子で、後に永保寺第三世となられたんだとかびっくり

三門
朱色が鮮やかな三門照れ
二階部分に優雅に舞う飛天が描かれていますびっくり
岐阜県東濃地方では朱塗りの三門は珍しいそうですよ爆笑



本堂
本堂は大正4年、陶州和尚の時に再建プンプン


間口7間・奥行6間の木造軸組み構造で、曽我金市棟梁の手により建てられていますえー


記録によりますと、木材の多くは岩村で調達し、一部の桧は内津山から伐り出しているようですびっくり


平成6年に大規模な改修が行われ、現在に至っています照れ

本尊
釋迦牟尼佛

脇侍(文珠・普賢菩薩) 
両側に十六羅漢



枝垂桜が見所なんよラブ




僊霊塔
魚籃観音菩薩、水子地藏、水子供養塔があり、その先に歴代のご住職をお祀りする僊霊塔(せんれいとう)が建っていますえー


僊霊塔の向かって左には、子供を抱いた子守地藏尊照れ


右には、虎渓三十三観音第三十二番、千手観音石像が祀られていますニヤリ



保壽院の境内から永保寺を望みます照れ



虎渓山慈雲峰徳林院
臨済宗南禅寺派の虎渓山永保寺に属する塔頭寺院の一つえー


観応2年(1351年)8月、永保寺の開山である元翁本元(仏徳禅師)の弟子、天霖正濡禅師によって創建されましたプンプン


それ以来、21代にわたり法灯が受け継がれていますニヤリ



本堂
本尊は聖観世音菩薩であり、毘沙門天も祀られています照れ

また、虎渓西国三十三観音霊場の第31番札所としても知られていますニヤリ



虎渓山東雲峰続芳院
虎渓山永保寺塔頭で、果山正位の法孫、玉霄正深禅師(ぎょくしょうしょうしんぜんし・1402没)により創建プンプン


本堂内陣に祀られている本尊は聖観音菩薩坐像えー

 

境内左手には虎渓西国三十三観音の第三十ニ番となる千手観音石像が祀られています照れ



永保寺の御朱印帳をGET爆笑

岐阜県では珍しい大判の御朱印帳なんよニヤリ


岐阜県多治見市虎渓山町1-40



JR尾頭橋駅近く1985年の創業以来40年以上地域に根ざした中国料理相羽山王店さん照れ
東中島の本店に続く2号店とかえー

看板メニュー”幻の天津飯"を求めてやってきたぁ〜爆笑



天津飯  690円
フワフワな玉子にたっぷりの餡、中華料理とはいえお粥レベルの優しさ照れ


食べ物ってよりは飲み物爆笑
味付けはサッパリしてました照れ



口の中で消えゆく味覚は「幻の天津飯」と言われる理由も分かりますなぁニヤリ



餃子 420円
小ぶりで食べやすいサイズながらも、しっかりとした餃子らしい風味が全面に出てくる町中華の餃子らしい餃子ですニヤリ


尾頭橋駅から94m
愛知県名古屋市中川区山王4丁目4-9