丹比神社から北野田駅方面に3キロプンプン
足が攣りそうガーン

菅生神社 【すごうじんじゃ】
創建の由緒は不詳ながら、中臣氏の出身者が多数住んでおり、地名から菅生氏を名乗って豪族としてこの地を支配していたそうで、その菅生氏が祖神の天児屋根命を祀って氏神としたそうです。

延喜式神名帳の“畿内神 河内国 丹比郡「菅生神社」”に比定される式内社で、源平合戦の時、菅生一族は平家方に加勢し敗北して、この地を追われ、建武元年(1334年)と暦応4年(1341年)の二度の兵火により、社殿・什宝がことごとく焼失した為、中世、天神信仰が広まると、この社の神宮寺である高松山天門寺の社僧が「菅公は境内の菅沢の畔で生まれた」という説を唱え、応永34年(1427年)天神を勧請して配祀し、その関係で「菅生天満宮」と呼ばれるようになり、江戸時代には天神の方が主祭神とされるようになったそうです。


薬医門 
石段上に南向きに本瓦葺・平入切妻造の神門が建っていますびっくり

神門の形式は神社としては珍しいやや薬医門ですねニヤリ

菅原道真は現在の京都市上京区で生まれたとされており、前述のように菅生の地名も道真の誕生以前からあったものえー

また、「菅生神社」は全国にいくつかありますが(読みは「すがお」なども)、菅原道真公を祀っていない神社も多いようですねニヤリ

江戸時代になると、天神の方が主祭神のようになったことから「菅生天満宮」と呼ばれることが多くなったようですニヤリ

また、同じく江戸時代には現在の京都市左京区修学院にある林丘寺宮(音羽御所)の御祈願所と定められ毎年同宮家から幣帛料の供進があった他、丹南藩主も毎年玄米五斗宛を寄進していたようなんよびっくり

ちなみに、丹南藩主高木家の菩提寺でもある来迎寺(東隣にかつて丹南陣屋がありました)の御本尊は鎌倉時代末期に当社から感得されたそうですえー

明治に入ると神仏分離により神宮寺は廃寺となりましたプンプン
明治5年(1872年)に旧社格制度で郷社に列格し、明治40年(1907年)1月には神饌幣帛料供進神社に指定爆笑

同年10月30日に当時の野田村大字南野田字穂出籬の村社八坂神社、11月11日に野田村大字北野田字東森山の村社天照大神社、12月18日に黒山村大字黒山字下黒山の村社菅原神社、23日に平尾村大字平尾字平喜の村社平喜神社を本殿に合祀。また、同年11月9日に黒山村大字南餘部字水無の村社餘部神社(余部神社)、12月17日に狭山村大字東野字八王寺の村社大歳神社、18日に黒山村大字阿弥の村社八幡神社を境内に合併移転プンプン

現在、合祀社の内、南野田の八坂神社(牛頭神社)、下黒山の菅原神社、南余部の余部神社遥拝所が旧社地などに復社、再建されているようですニヤリ


手水舎
体…ほっそぉびっくり
顔…でっかぁびっくり 


本殿
本殿は江戸中期の万治4年(1661年)に建立されたもので、堺市の指定文化財となっています照れ

本殿では天保11年(1840年)に小屋組の改造、安政4年(1857年)に内陣・外陣の改造、昭和48年(1973年)の檜皮の修理といった部分的な修理が行われましたが社殿全体の老朽化が激しく、平成3年(1991年)から始まった「平成の社殿御造営事業」で350年ぶりに本殿を解体して保存修理が行われましたプンプン

また、拝殿と幣殿は享和3年(1803年)の再建で本瓦葺きとなっていましたが、本殿の修理に合わせて新社殿は総檜の入母屋造銅板葺(棟は瓦甍積)として平成20年(2008年)5月に竣成爆笑

この「平成の社殿御造営事業」を後世に残すための記念碑が境内に建立されてるんやってえー

菅生神社には、「菅生天神縁起絵巻二巻(狩野永納画)」や「北野天神縁起絵巻三巻」などが奉納されている他、「天神画像五幅」、「菅公御一代絵伝十二幅」、「金泥法華経一巻」、「狩野永納奉納三十六歌仙画帳」などといった文化財があります。照れ
 
御祭神 
菅原道真 
天児屋根命 

中世以来の天神信仰を踏襲しつつ、本来の御祭神であろう「菅生氏」の祖神「天児屋根命」も改めて祀られていますニコニコ


狛犬 
桃色花崗岩製
ドッシリタイプ爆笑


天満宮でお馴染みの臥牛像(御神牛)が狛犬のように左右に配されていますえー

部屋に入っていて
開けてナデナデ出来ます照れ


もう一つの臥牛像は檻の中…
ナデナデ出来ないえーん
きっと…
噛まれんやぁガーン


余部神社に御参り照れ


御祭神
素戔嗚尊、誉田別命

社殿は拝殿と本殿を備えた本格的なもので、拝殿は本瓦葺の平入入母屋造に千鳥破風の付いたものえー

後方の覆屋内に本殿が納められているようですが、立入ができないためよくわかりませんショボーン
ただ彩色の跡が残っているのが見え、いかにも古そうな感じです照れ

また覆屋内に随身像が置かれてあり、畿内ではやや珍しいもののように思われますえー

素戔嗚尊は、漲る強いお力から「身体健全」、災厄・八俣大蛇を退治した逸話から「厄除・必勝」、疫病から人々をお救いしたことから「病気平癒」など様々な御利益があるともいわれています照れ

誉田別尊は武神として、戦いの勝利や武運長久を祈願する際に信仰されます。 学問成就:学問や技術の向上を願う人々にも崇敬され、学問成就のご利益があるとされています照れ

国家鎮護:国家や地域の安泰を祈る際にも信仰され、国家鎮護の神としての側面があるんですニヤリ


この顔…
何とも言えませプンプン


菅生稲荷神社 
十基の朱鳥居が並び、本瓦葺・平入切妻造の割拝殿、そして後方に本瓦葺・一間社流造の本殿が建つ本格的なものえー
いずれの建物も朱塗りが施されています照れ

 
お狐様照れ
可愛いですね爆笑


遥拝所 
方角的に伊勢の神宮遥拝所と思われますプンプン


元宮菅生明神社 
何の元宮なのかは不明ショボーン
こちらで本来の御祭神を祀っていたのでしょうか?キョロキョロ

塀に囲われ、拝所の奥の覆屋内に社殿が建っていますキョロキョロ


明らかに仏教建築とわかる本瓦葺・平入入母屋造の建築が南向きに建っていますびっくり

これはかつて当社の神宮寺だった「高松山天門寺」の本堂で、現在は「恵比須神社」の社殿として転用されています照れ


霊神社 
鳥居が建ち、奥の覆屋内に銅板葺の流見世棚造の社殿が建っていますねニヤリ


八幡神社 
御祭神は「誉田別命」

桟瓦葺の平入切妻造の社殿が建っていましたニヤリ


琴平神社 
御祭神は大物主神と崇徳天皇(すとくてんのう)で、五穀豊穣や商売繁盛などのご利益があるとされています照れ


大歳神社 
鳥居が建ち、後方の覆屋内に檜皮葺の一間社流造の社殿が納められており重厚さが感じられますねびっくり

大歳社は、初辰まいりの締めくくりに参拝する慣わしで、心願成就を祈願する神社なんやってニヤリ

古くは五穀豊穣と収穫の神として祀られてきましたが、近世には商人たちの信仰をあつめて、集金の満足、契約の不変を祈るようになり、その感謝をささげる神社になりました照れ


大阪府堺市美原区菅生178-1


南海高野線「北野田駅」スグに位置する
ラーメンステーション北野田さんへ。爆笑

 「2ヶ月に1度、名店の味が入れ替わる」という共通のコンセプトのもと、全国の名店のラーメンを隔月替わりのラーメンが味わえるだけでなく、食べログ百名店にも選出されている大阪を代表する名店「らーめん香澄」がラーメンステーションのために発案したオリジナルラーメンもいつでも楽しむことができます照れ


人気店のラーメン香澄が食べれのは嬉しい照れ


特製北海道新味みそラーメン 1,240円 
 
スープは魚介出汁に味噌が合わさり、
ほどよい油分でこってりさもありつつ上品な味わい照れ

初めて魚介の味噌を食しましたけど
新感覚で美味しかったですニヤリ


麺は中太麺でツルツルとのどごしがめちゃ良いんです照れ

チャーシューは赤身がかってほどよい肉感ニヤリ
 
北野田駅から138m 
大阪府堺市東区北野田93