今回は久しぶりに斑鳩の里に照れ
まずはJR大和路線の法隆寺駅に爆笑
法隆寺と言えば…そう~チュー
法隆寺照れ
でも…
法隆寺駅から法隆寺まで2キロ弱あるんやねびっくり
のんびり歩いて…法隆寺へ向かいます照れ

法隆寺  【ほうりゅうじ】
法起寺は別名、岡本尼寺、岡本寺、池後寺、池後尼寺と呼ばれており、平成5年に法隆寺とともに、世界文化遺産に登録されました。

この寺は、推古14年(606)に聖徳太子が法華経を講説されたという岡本宮を寺に改めたものと伝えられ、法隆寺、四天王寺、中宮寺などと共に、太子御建立七ヵ寺の一つにかぞえられています。

創建の由来については『聖徳太子伝私記』に記録する当寺の三重塔にあった露盤銘によって判明します。それによると、推古30年(622)2月22日、聖徳太子はその薨去に臨み、長子の山背大兄王に宮殿(岡本宮)を改めて寺とすることを遺命し、山背大兄王は大倭国田十二町、近江国の田三十町を施入したといわれています。

その後、舒明10年(638)に福亮僧正が聖徳太子のために、弥勒像一躯と金堂を造立し、天武14年 (685)には恵施僧正が宝塔の建立を発願し、慶雲3年(706)3月に塔の露盤を作ったとされています。


参道
松の翠の美しい矢田丘陵を背に、大和平野を広々と見渡す斑鳩の里に聖徳太子が斑鳩宮を造営されたのは推古天皇9年(601)プンプン

ほどなく太子は、ここに亡き父用明天皇のため寺の造立を発願され、推古15年(607)ごろに完成したのが法隆寺なんよえー

太子は中国の優れた政治や文化、とりわけ仏教を積極的に取り入れ、四天王寺、中宮寺、広隆寺などの寺々を建立し、冠位十二階や憲法十七条の制定、遣隋使の派遣などによって国の発展を計られましたが、惜しくも推古30年(622)49歳のとき、人々の悲嘆のうちに薨去ショボーン

その後太子の志は、太子の遺訓を守る長子の山背大兄王が受け継がれるところでありましたが、蘇我入鹿の軍勢により、大兄王をはじめ太子の一族は滅亡しましたえーん

法隆寺はその後も太子を慕う人々によって護持されたと伝えますが、『日本書紀』によると天智9年(670)、一屋余す事無く焼失したと記されていますプンプン
しかし間もなく再建が進められ、遅くとも奈良時代の初頭までには飛鳥時代の様式で中心伽藍が復興され、やがて旧にも増した寺観が整えられたのが、世界最古の木造建築群として知られる現在の西院伽藍です照れ 

一方、斑鳩宮は、荒廃にまかせるままになっているのを嘆かれた奈良時代の高僧行信僧都が、天平11年(739)ごろ、太子の菩提を願って宮跡に建立されたのが夢殿で、これを中心とした建築群が東院伽藍ですウインク


南大門 (国宝)
法隆寺の玄関にあたる総門照れ

三間一戸の八脚門(やつあしもん)で現法隆寺建立時には中門前の石段上に立っていたが、寺域の拡大により現在の場所に移されたと言われますえー

創建時のものは、永享7年(1435)に焼失し、永享10年(1438)に現在の門が再建されましたニヤリ


手水
法隆寺には手水はいくつもありますウインク
龍…ってよりも…オオトカゲえー


中門 (飛鳥時代 国宝)
西院伽藍の本来の入口となる中門は軒が深く覆いかぶさり、正面が四間二戸と入口が二つある形が特徴照れ

エンタシスの柱や上層には金堂と同じ卍崩しと人字型の割束を配した高欄を備え、壮麗な飛鳥時代の様式を今に伝えていますニヤリ


五重塔 (飛鳥時代 国宝)
日本最古の塔である五重塔は、五重目の軸部が初層の半分の大きさになっており、これに深い軒の出が相まって安定感を与えています照れ

心柱の下にある心礎には、仏舎利が納められてるんやって爆笑

五重塔最下層の心柱の四方には塑土で洞窟のような舞台を造り、釈迦に関する四つの説話から四つの場面を塑像の小群像で表しています照れ

塔本塑像と呼ぶこの群像は塔の完成の後、和銅4年(711)に造られたものえー
この東面「維摩詰像土」は維摩経に説かれた場面で、病の維摩居士を文殊菩薩が訪ね問答をはじめますプンプン
これを聞こうと、仏弟子たちが集まった様子を表現しています照れ


大講堂 (平安時代 国宝)
金堂と五重塔の北側に立つ間口九間の大講堂は、元は北側の回廊の外に独立して建っていましたが延長3年(925)に焼失ショボーン
正暦元年(990)ほぼ元の規模と同じ大きさの堂々とした姿に再建されましたプンプン

さらに回廊を北側に延長してこれに取り付けたので堂の前が広く清々しい空間となっていますびっくり
尚、堂内に安置されている薬師三尊像はこの再建時に新たに造像されたものなんやってキョロキョロ


回廊
回廊は東側の鐘楼、中央の大講堂、西側の経蔵につながり、並立する五重塔と金堂を囲んでいますプンプン

平安時代以前の回廊は、経蔵、鐘楼の手前で閉じられ、大講堂、経蔵、鐘楼は回廊の外側に建っていましたえー
また西側より東側のほうが一間だけ長くなっているのは、金堂と五重塔のバランスを考慮したものだと考えられていますキョロキョロ

経蔵 (奈良時代 国宝)
この建物は経典を納める施設として建立されましたが、現在は、天文や地理学を日本に伝えたという百済の学僧、観勒僧正像(平安時代)を安置しています照れ

また堂内には三伏蔵(他は金堂内と大湯屋前)の一つがあり、法隆寺を再興できるほどの宝物が収められていると伝えていますびっくり


鐘楼 (平安時代 国宝)
この建物は延長3年(925)に大講堂とともに落雷により焼失し、現在の鐘楼は経蔵の様式にならって再建されたものえー

この鐘楼の中に吊るされている梵鐘は、奈良時代前期の銅鐘(重文)で現在では年中行事で撞かれています爆笑


金堂 (飛鳥時代 国宝)
金堂は西院伽藍最古の建築で、軒の出の深い安定した姿が美しいよね照れ

入母屋造り二重の瓦屋根と下層の裳階(もこし)の板葺きの対比、これに奥深い軒下の垂木(たるき)や雲斗・雲肘木が調和して快いリズムを奏でていますニヤリ

釈迦三尊像 (飛鳥時代 国宝)
金堂内陣の広い須弥壇(しゅみだん)には、飛鳥彫刻を代表する釈迦三尊像を始め、薬師像や四天王像のほか、鎌倉期に造られた阿弥陀三尊像や平安期の毘沙門・吉祥天像が安置され、また釈迦・薬師・阿弥陀像の頭上には、それぞれ華麗な天蓋(てんがい)が吊り下げられていますえー

端厳ななかに穏やかなほほ笑みをたたえた釈迦三尊像(鞍作止利(くらつくりのとり)作)の精緻な光背の裏面には、推古30年(622)に聖徳太子が発病され、また薨去されるにあたり、その病気平癒と成道を願って造られた太子等身の像が、その翌年に止利仏師によって完成したことなどが刻まれてるんよニヤリ
つまりこの像は、釈迦の像でありながら聖徳太子その人の像でもあるわけで、法隆寺が太子菩提の寺でもあることを物語っているんやねウインク

薬師如来 (飛鳥時代 国宝)
金堂東の間に安置される薬師如来像はその光背裏面の銘文に法隆寺創建の由来が刻まれています。

それによれば太子の父、用明天皇が自らの病気平癒を願い、寺と薬師如来を作ることを請願されましたが完成を見ることなく崩御されましたショボーン

その後推古天皇と太子がその遺志を継ぎ、推古15年(607)完成させたと記されており、これが薬師如来を本尊とする創建法隆寺であるとされていますえー
しかし「日本書紀」天智9年の条に法隆寺が焼失したと記されており、現在の法隆寺はその後の再建と考えられていますプンプン

阿弥陀三尊像 (鎌倉時代 重要文化財)
西の間に安置され、光背裏の銘文から、承徳年中(1097~1098)に盗難に遭い、運慶の四男の康勝が三尊を造顕して、貞永元年(1232)に供養された事が判りますニヤリ

飛鳥の古様式を踏襲していますが、鎌倉時代の写実性がみられますえー

天蓋の天人と鳳凰 
(白鳳時代・鎌倉時代 重要文化財)
金堂内陣には天人や鳳凰が舞う、三つの華麗な天蓋がつりさげられ、釈迦三尊像の中の間、薬師如来像の東の間(鎌倉時代)、阿弥陀三尊像の西の間とそれぞれ三つの空間に分けられていますプンプン

天人は縦笛や琵琶などを奏でる愛らしい童子形で、鳳凰の嘴には小さな穴があり、元は飾りをつけていた事が判ります照れ

吉祥天 (平安時代 国宝)
吉祥悔過の本尊として、毘沙門天像と共に釈迦三尊像の左右に安置されています照れ

法隆寺では吉祥悔過を大講堂で行っていましたが、承暦2年(1078)に両像が作られ、金堂で執り行われるようになりましたニヤリ

四天王像 (飛鳥時代 国宝)
須弥壇の四隅に置かれた四天王像は、現存する日本最古の四天王で、全体の直線的な表現は止利仏師の様式に共通し、後世の威嚇的な四天王像とは異なった物静かな彫像です照れ


弁天池
やや緑掛かった色をした池となっていますびっくり
雰囲気…めちゃいいですよね照れ


鏡池
聖霊院の前に位置しており、弁天池に比べて非常に澄んだ色をした池となっています照れ
なお、池の前には「柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺」という正岡子規の有名な俳句が彫られた歌碑が安置されていますウインク


法隆寺…後半に続くプンプン
奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺山内1-1


朝食を頂に南大門の真前にある松本屋さんに照れ
法隆寺名物の「柿ざるうどん」が食べたくてラブ


柿ざるうどん 850円
柿をイメージして、ざるうどんの上部は柿の葉に見立てた緑色の麺ニヤリ

その下は柿の実に見立てた柿色の麺で、ざるに盛られていますウインク

麺は自家製麺ではなくて製麺会社へ特注されているとの事キョロキョロ
お土産用のうどんとして販売されている麺みたいえー

もちろん柿にこだわっていて、緑の麺は柿の葉が使われていますし…えー

柿色の麺は、柿の実をペースト状にして麺に混ぜ込まれています照れ


柿色の麺ですが、特に柿の風味を感じ取る事は出来ませんが…キョロキョロ
ただ、まろやかな甘さを感じる麺照れ

緑色の麺も甘さがあり、ほんの少し渋味もあるような…ないようなぁ…キョロキョロ

麺の食感は、ざる蕎麦を食べてるような…うどんなのに…えー
ただ、蕎麦よりは、若干、喉越しが良いのではいかと…
うどんだから…ニヤリ

麺つゆは鰹出汁をベースにしているようですけど、醤油が強く感じられました照れ

こういう麺つゆには、うずら卵とワサビが良く合いますなぁ爆笑

法隆寺駅から1,204m
奈良県生駒郡斑鳩町法隆寺1丁目6−4