次の七十一番札所は中山寺の奥之院プンプン


すぐおくのいん道の石標プンプン
是より十八丁(一丁はおよそ 110m)で
徒歩50分くらいの山登りプンプン
気合いを入れて…プンプン
いざ…
出陣じゃ〜チュー


道は… 
うん…
山道プンプン
最初は…
平坦で楽勝〜チュー
と…
思ったんやけど…
めちゃ道は悪いし…坂が急やし…
みぞかつは…
何度…休憩したことか…ショボーン
この道を2キロ…ガーン
心折れそうえーん


ちょうど半分くらい登った所にある夫婦岩照れ
見ようによっては、左端が「陽石(夫)」、右端が「陰石(婦)」、中央が「子」と読めなくもありませんねキョロキョロ

50分かけて…
それ以上…かかった気がするショボーン
やっと奥之院に到着爆笑
汗が滝のように流れて…足腰がピクピクしてるし…ガーン
奥之院で20分ほど…動けんかった…えーん


大岩の窟
清水「大悲水」が滾々と湧き出す「大岩の窟(いわや)=白鳥石」は、日本で初めて厄神明王が祀られた場所照れ
仏教用語の「大悲」は、衆生の苦しみを救おうとする仏や菩薩の広大な慈悲の心を言いますえー
「大悲水」については、応神天皇の御代に流行り病を治療した清水と説明されていますが、その経緯については寺伝の逸話が語るのみキョロキョロ
「第15代 応神天皇の御代(270年代) 、人々は巷に疫病が蔓延したのは政争に敗れた忍熊皇子の祟りだと恐れましたガーン

異母弟の応神天皇が祟りを鎮めるために忍熊皇子の御陵のある『吾孫子の峰』に使いを遣わし、天神地祇を祀り、鎮魂供養をしたところ、白鳥塚古墳から1羽の白鳥が飛び出して山中にある『大岩の窟』の岩陰に消えましたびっくり

すると、その大岩から清らかな水が湧き出し、やがて疫病は収まりました。」
仲哀天皇の後の皇后はかの神功皇后であり、応神天皇はその子なんよえー

忍熊皇子は神功皇后の軍勢と戦い、琵琶湖畔に身を投じましたショボーン

いわば継子と実の子の跡目争いであり、応神天皇は生まれたばかりで参戦していなかったとしても「知らぬ存ぜぬ」では通せぬものがあり、祟りを恐れて忍熊皇子の鎮魂に意を払い、その結果、祟りが収まったというストーリーかと思われますえー
つまり、忍熊皇子の御魂がこの岩に宿り、その時に湧き出した聖水が疫病などに霊験あらたかな「大悲水」になったという伝説なんよえー

これが日本最初の厄神明王の草創とされ、忍熊皇子の霊が「恨みを捨て、厄除神になる」と答えたことから大岩の窟に祀られ、その湧き水は諸疫を祓う聖水として信仰を集めました照れ

その約300年後、聖徳太子によって中山寺奥之院が開山された際、拝殿を建立して本邦初の厄神明王を祀り、以来1400有余年幾多の興亡を経て今日まで法灯が継承されてきましたプンプン

「大岩の窟」には磨崖仏のように何かが刻まれているようにも窺えますびっくり
古代の磐座信仰の名残りなのかもしれませんねニヤリ

因みに、今も岩陰には仲睦まじかった仲哀天皇と大仲媛の一対の石像がひっそりと安置されているそうですよ照れ

さすればこの「大悲水」は、夫婦の子 忍熊皇子が流した涙そのものとは言えまいか…えー
現在は衛生上の観点から「生水は飲まないように!」と注意書きされていますが、かつては霊水を汲みに通い詰める信者も多かったそうですニヤリ


石をお守りとして持ち帰り、願いが叶った際、もしくは1年を目処にこの蹲踞の窪みに奉納えー

『お願い石』は古くから奥之院に参る信者、中でも特に女性を中心に伝えられたもので、奥之院までの道中、綺麗な小石を見つけては大悲水で洗い清め、お守りとして懐中すると願いが成就するというものであったんやって照れ

古来より吾孫子の峰の山々は、龍神さまをはじめ多くの神々によって守護されていると伝えられ、その頂きからは、奥之院の大悲水へと流れ来る水脈えー

中山寺の御本尊十一面観音さまのお力(女人救済の誓願)と、奥之院大悲水の諸疫を祓うご利益が習合し、深い信仰を生みました照れ

平成の再建工事のおり、奥之院拝殿周辺から願いが成満した際に納められたとみられる梵字や経典の文字が書かれた小石が出土し、この信仰が確認されたことを機に、奥之院の地に伝統の『心願成就の法』の復興を発願いたしましたえー


本殿
奥之院は、「元中山寺」とも呼ばれ、本尊には十一面観音と厄神明王を祀り、約1400年前に聖徳太子によって創建されたと伝わりますプンプン
ここの厄神明王は日本最古と伝わり、『摂津名所図絵』の紫雲山中山寺の項には、「厄神明王は忍熊皇子、その父 仲哀天皇、母 大仲媛を象徴するもの」と記されていますえー
かつては西国三十三所観音霊場の元第1番の札所でしたが、幾度も焼失し、1603(慶長8)年に豊臣秀頼により再建プンプン
現在の奥之院拝殿は2年間かけて解体修理がなされ、2014年7月19日に落慶法要が行われていますニヤリ
奥之院は応神天皇の勅願所と伝えられ、豊臣秀頼が現在の中山寺を再建するまでは18丁の周辺に中山寺山上伽藍が展開されていましたプンプン
境内南側には、ひときわ大きなイチョウの木が立っていますえー
これが「生きた化石」とも言われ、地球上にたった一族一種の貴重な植物「オハツキイチョウ」の木プンプン

珍しく葉の上に実を付けるため「オハツキイチョウ」と呼ばれ、全国でも20本ほどしか確認されていない珍種だそうですよびっくり

実を乗せた葉を見つけることができれば、子宝に恵まれるとの言い伝えもラブ

因みに、奥之院のオハツキイチョウには大きな実がなることが知られており、毎年天皇陛下に銀杏を献上されているそうですウインク


狛犬
角がピーン爆笑
ちと…変わったお顔爆笑


応神天皇・武内宿禰 御座
奥之院拝殿の右側(東側)に鎮まる社えー

『日本書紀』によると、神功皇后軍の大将が武内宿禰とあり、また応仁天皇は神功皇后の子ですから、この社は忍熊皇子の敵方を祀っていることになりますねえー

武内宿禰は、5代にも亘って天皇の側近として国政を支えたとされる伝説的人物であり、330歳まで生きたとされますびっくり

一説には、応仁天皇は神功皇后と武内宿禰の子ともされますねえー


大杉大明神社
朱色の鳥居が素敵です照れ


吾孫子弁財天
この「吾孫子」の名は、『中山寺縁起』にあるように、聖徳太子が四天王寺建立に際し、「紫の雲こそなびけ 行きて見ん 吾孫子の峰に神ぞまします」と詠んだことに由来プンプン
尚、中山寺の山号「紫雲山」もこれに因みますえー


五大龍王社
「八大」龍王なら、釈迦の説法を聴聞した8尊の龍王を総称した名称照れ
しかし「五大」は不詳とかキョロキョロ

龍を五方と五色に結び付けた五方龍王でもないし…えー
龍王は、一般的には仏教由来の龍天善神(龍神)とされますよねえー
大悲水の水脈となる吾孫子の峰との繋がりで龍王を祀っているのでしょうか?ニヤリ


奥之院から眺めラブ
街がめちゃ小さく…
下の方にあるガーン
また
1時間ほどかけて…下山か…ショボーン
みぞかつはもう…来たくないと思ったのであるプンプン


摂津国八十八箇所 第七十一番札所


今回のランチは
山陰ゆかりのあじ 郷音(さとね)さん照れ

阪急宝塚線清荒神駅の改札を清荒神の参道方面に歩いていくとスグですなんです照れ
駅の眼の前と言っても良いくらい爆笑
中はこじんまりしたいいサイズ感ニヤリ
カウンター5席とテーブル1卓照れ
2階も席があるみたいですが、そこまで広くないのが好印象かなえー

こちらのお店では山陰地方の素材で作られたお料理がいただけるそうで店主さんの故郷なのかなキョロキョロ
期待が高まりますなぁ〜爆笑


お昼の定食はえー
郷音名物 山陰アジフライ定食 1000円
鳥取県産鶏カツ定食      1100円
ざくざくやみつき唐揚げ定食  1000円など

郷音名物 山陰アジフライ定食を注文チュー
衣がザックザクで、アジフライの衣に唇を引っ掻かれないように注意えー
それだけの歯触りなので、そりゃ美味いわぁ〜爆笑
鯵の旨みもしっかり伝わるし〜チュー
これはなかなか美味いアジフライラブ
ポン酢で召し上がりくださいって言うけど、これはポン酢がまた美味いプンプン

こう言う店は漏れなくご飯が美味しいんですよね照れ

炊き方も抜群やしニヤリ
甘みのあるご飯がアジフライと最高でしかないですなぁ爆笑
香の物、小鉢の炊きもの、御御御付けに至るまで仕事が丁寧でしたラブ

ごはんはおかわり自由ラブ
もちろんおかわりしたぁ〜爆笑

阪急清荒神駅から徒歩1分
兵庫県宝塚市清荒神1-12-22