摂津西国巡礼20日目〜爆笑

今回は兵庫県宝塚市の中山寺駅に照れ

って事で中山寺にやってきたぁ〜爆笑


中山寺 【なかやまでら】

北摂の地に紫雲たなびくといわれる中山寺は、聖徳太子の創建によるわが国最初の観音霊場です。


第十四代仲哀天皇の先后大中姫(さきのきさきおおなかひめ)、その長子麛坂皇子(かごさかのおうじ)、弟忍熊皇子(おしくまのおうじ)の追善供養のため、あるいは聖徳太子、蘇我馬子との政争に敗れた物部守屋の霊を鎮めるために建立されたと伝わっております。


奈良時代には大小多数の堂塔伽藍を備えた高野山や比叡山に匹敵する大寺院であったと伝わり、『続日本紀』にもその名を見ることが出来ます。


幾度の兵火や天災に見舞われながらも、源氏や、豊臣家、徳川家など時代の有力者たちの熱心な信仰と寄進によって現在の伽藍が形成され、一四〇〇有余年の法燈を守り続けています。



山門
中山寺の山門は正保三年(一六四六)徳川家光により再建された兵庫県指定文化財であり、正面三間、側面二間の入母屋造り、本瓦葺の格式高い二重門プンプン
『望海楼』とも呼ばれ、昔はこの山門の上から遠く海を望むことができたと言われますえー

山門は境内の入口にあり、さとりを求める人々が通る門であると同時に、悪いものが境内に入り込まないための関所とされているんよねニヤリ

そのため、山門の上層内部には地蔵菩薩、閻魔王、司命、司録を祀り、下層には、阿形・吽形の仁王像と獅子・狛犬を祀っていますウインク

また、仁王像のまわりには足腰が丈夫であるようにとの願いを込めて多くの『わらじ』が奉納されていますびっくり

中山寺の山門は、その様式から二重門(二階建てで屋根が二重にある門)に分類プンプン
門には、大きく分けて、一階建ての門(単層門)と二階建ての門(重層門)があるんよえー
二階建ての門は、一層目の屋根が無く、縁・高欄(こうらん)だけですませる楼門という様式が多く、一層目にも屋根を持つ二重門は数が少なく、格式高い門と言えます照れ

正保三年(一六四六)の建立棟札のほか、享保八年(一七二三)の修理棟札が現存しており、また、上層階に祀られている閻魔像の台座には享保五年(一七二〇)の銘文があることから、閻魔像など上層に祀られている尊像は、山門修理にあわせて制作されたものと思われますウインク

南側に阿形・吽形の仁王像、北側に獅子・狛犬えー
これらの尊像は、平成二十一年の山門改修工事にあたり修復彩色を行いましたニヤリ
 
その際、仁王像の体内から正保五年と書かれた木札や写経された仏頂尊勝陀羅尼(ぶっちょうそんしょうだらに)・般若心経が発見され、山門建立と同時期に制作されたことが明らかとなりましたニコニコ

仁王像は、阿形・吽形の二体とも像高約二七五センチ、欅材の寄木造りで玉眼嵌入(仏像の目の部分に水晶を嵌め込む技法)されており、修復の際に発見された木札から大阪の仏師の作であることが分かったんやってびっくり
獅子は阿形で角が無く、狛犬は吽形で角があり、ともに像高約一二三センチ、欅材の寄木造りで玉眼嵌入されています照れ

制作は仁王像と同時期と考えられ、修復時の痕跡調査から弁柄漆のみで仕上げられていたことが判明し、制作当初の姿を忠実に復元プンプン
仁王像の周りには、多くの『わらじ』が奉納えー
これは、交通手段の発達していない昔の西国巡礼が長く苦しい旅であったため、それに自分の足腰が耐えられるよう祈りを込めてわらじを奉納していたことが由来となっています照れ
また、巡礼の途中でわらじが破れた時、先の人が奉納したわらじを借用したあと、次の札所に新しいわらじを納めてゆく習わしがあったともいいますえー

仁王像はその力強い風貌から、身体健全、とくに健脚のご利益があるとして崇拝されてきました。そのため、『足腰が丈夫である様に』との願いを込めて、今でも多くの方がわらじを奉納されています照れ


手水舎
蓮華の「蕾」を象ったデザインびっくり
敢えて「蕾」としているところが、「安産祈願」子宝祈願」に霊験あらたかな寺院を象徴しています照れ
また、葉っぱの部分が柄杓置き場を兼ねるという実用的なところもいいかもねニヤリ
残念ながら、現在はコロナウィルス感染予防対策として手水は使用できなくなっていますショボーン


本堂
聖徳太子の創建以来、度重なる火災や兵火により堂宇は都度焼失しましたが、現在の本堂は1578(天正6)年に伊丹城城主 荒木村重の兵火で焼失した後に1605(慶長10)年に豊臣秀頼によって再建されたものえー
桃山時代を代表する仏堂建築プンプン
尚、本堂は1995年の阪神淡路大震災の被害を殆ど被らなかったようですよウインク

本堂には、合せて三十三面となるよう、三体の十一面観世音菩薩がお祀りされています照れ
これは、徳道上人が西国三十三所を中山寺を中心としてひらかれた故事に由来し、西国三十三観音を象徴していると伝わるんやってびっくり
また、毎年八月九日には三十三観音が当山本堂に来迎される『星下り大会式』が厳修されます照れ
この日に中山寺へ参ると、四万六千日参拝したのと同じ功徳が得られるとされ、まさに『救世閣』(ぐぜかく)と額を掲げるに相応しいお堂と言えるんやね照れ

当初、当山の奥之院が建つ場所にあったと考えられてるんだとかびっくり
天正六年(一五七八)荒木村重の乱により伽藍もろとも焼失しましたが、慶長八年(一六〇三)豊臣秀頼の発願により現在の本堂が再建プンプン
兵庫県の有形文化財建造物として指定されています照れ

ご本尊十一面観世音菩薩は秘仏として御厨子を閉じておりますが、毎月十八日の観音さまのご縁日に御開扉を行っておりますえー

西国三十三所を巡礼される方々はもちろんのこと、安産を願う妊婦さま、お子さまの健やかなるご成長を願うご家族さまなど、多くの参拝者の心の拠り所であり、また中山寺に奉職する僧侶の祈りの根本道場でもあるんやね照れ


賓頭盧尊者様〜チュー
頭と〜
顔と〜
撫で撫でして…爆笑


五百羅漢堂
現在の堂宇は阪神淡路大震災後の1997年に開創1400年記念事業の一つとして新築プンプン
かつての堂宇は震災により壊滅的な被害を受けましたが、羅漢像は堂宇の建て替えのために偶然にも別の場所に保管されていたそうですえー

羅漢とは、悟りを開いた高僧だそうですので、これも観音様の慈悲の心によるものかもしれませんね照れ
書家でもある真言宗の泉智等上人が揮毫した扁額「羅漢堂」が掲げられていますびっくり

上人は、仁和寺 第35世門跡、高野山派管長、総本山金剛峯寺 第388世座主、真言宗連合総裁などを歴任された高僧なんよね照れ


五百羅漢
モダンでアーティスティックかつ荘厳な雰囲気が漂う異空間びっくり
目にも鮮やかな群青色の天井にある梵字は金剛界五仏と釈迦如来を表す種字曼荼羅(種字:仏教の諸尊を梵字一文字で表したもの)です照れ
床に目を落とせば、釈迦如来の前には蓮華の花を描いた陶板が敷かれていますニヤリ
これらは人の心が本来清浄であることを示し、一度、曼荼羅に坐し、至心に仏を念ずれば必ず悟りが開かれると伝わります。地下は「ねはん堂」という千体仏の安置所になっています照れ
五百羅漢堂は他の寺院でも見かけますが、ここのは幻想的と言うよりも壮快な気分にさせてくれますね照れ

中央には本尊 宝冠釈迦如来坐像が祀られ、脇侍に迦葉と阿難を従えていますニヤリ
また、3面の壁際には釈迦の弟子である羅漢が祀られていますニヤリ

「親兄弟の顔が見たくば 中山寺の五百羅漢の堂にござる」と古歌にも詠まれた通り、堂内には500ならぬ700余体の羅漢像が中央の本尊 釈迦如来の説法を聴聞するお姿で祀られています照れ

各々のお顔はみな違っており、古歌のように両親や自分に似た羅漢さんがおられるかも知れませんびっくり
もし、自分そっくりな羅漢さんを見つけたら、芥川龍之介の短編小説『二つの手紙』にある「ドッペルゲンガー現象」ってことになるのでしょうか!?ウインク
その場合、本人が見ると死に至るとの迷信もありますプンプン
何事も程々にしておくのがよさそうですね照れ


護摩堂
不動明王をはじめとする五大明王が祀られているお堂で、近畿三十六不動霊場の札所の一つに数えられています照れ
毎月8日、18日、28日には護摩が焚かれ、参詣された方が納めていかれた護摩木の祈願がなされますウインク


五重塔
青龍塔と名付けております通り、日本ではあまり例を見ない青色であることが特徴びっくり

これは仏の智恵と、東西南北を司る四神のうち東方を司る青龍をイメージしているんやってえー

五重塔の地下には、ネパールのダルマキールティ僧院より請来された仏舎利(お釈迦様のお骨)が祀られ、また、各層の四隅には釈迦涅槃図さながらにバッタ、トンボ、龍などの生き物の飾り瓦を配していますえー
これは、さまざまなな生き物が一体となって、仏塔すなわち釈迦仏法を末永く護ってもらいたいという願いを表したものプンプン

塔の内部には、中心を通る心柱を大日如来と捉え、心柱を背にして東は阿閦(あしゅく)如来、南は宝生(ほうしょう)如来、西は無量寿(むりょうじゅ)如来、北は不空成就(ふくうじょうじゅ)如来の金剛界五仏をお祀りしています照れ

寺伝によれば今から約四〇〇年前、荒木村重の乱により中山寺は甚大な被害を受け、多宝塔や五重塔を含む堂塔伽藍は灰燼となりましたプンプン
その後、慶長八年(一六〇三)に豊臣秀頼により伽藍が再興されましたが、この時には、古絵図に遺る多宝塔や五重塔の再建は叶いませんでしたショボーン

それから四〇〇年あまりの時を経た平成十九年、まず多宝塔(大願塔)が再建され、その十年後の平成二十九年、五重塔の再建がなされ『青龍塔』(しょうりゅうとう)と名付けました爆笑
これにより、長年の悲願であった多宝塔と五重塔が当山の伽藍に再び揃うこととなりました照れ
五重塔の再建にあたり、現存当時の姿をうかがい知ることはできませんでしたショボーン
そのため、国宝に指定されている木津川市の海住山寺や福山市の明王院の五重塔を参考に設計、建築された木造五重塔なんやってニヤリ

高さは約二十八メートルあり、初層に裳階(もこし)が設けられているのが特徴プンプン

裳階とは、建物を風雨から守るための屋根であり、塔の外観を美しく見せる効果もあるだとかびっくり
一見すると六層に見えるのはこのためで、裳階付きの五重塔は海住山寺や法隆寺などにしか見られない数少ない様式となっていますプンプン

心柱には岡山県美作市にある大野神社の樹齢四〇〇年の檜を用い、その他の材には吉野檜を用いて、日本建築の伝統的な木工技法により再建された五重塔になるんやって照れ


大師堂 
真言宗の祖、弘法大師空海を祀るお堂えー
子授け祈願の受付窓口なんよ照れ

当山御本尊の十一面観音さまは、古くより安産・求子(子授け)のお願いをよくお聞きくださる観音さまとして信仰されており、世継ぎに恵まれなかった豊臣秀吉が当山に祈願され、秀頼を授かったとの逸話もあるんやってえー


弘法大師空海様照れ


厄丸大明神社
参道の石段を上った正面、大師堂の左隣に佇む小祠プンプン

狛狐が鎮座してるので稲荷社と思いきや、「厄丸大明神社」とびっくり

奥之院では「厄神」明王を本尊としていますが、「厄丸」ではないため遥拝所でもなさそうですキョロキョロ
お稲荷さんとの違いは判りませんが、ネットで調べると「百丸」や「梅丸」、「城丸」など「〇丸」大明神というのが山ほどヒットえー

その地の特徴により、名称が異なるようやねキョロキョロ
ここは、奥之院が「疫病退散」にご利益のある「厄」神明王を祀っているため、「厄」丸大明神なのだと思いますニヤリ


本堂の北西には子授け地蔵さまをお祀りしています照れ
このお地蔵さまには子宝を願う方からたくさんの願布が奉納され、日々お参りの方が絶えないとかでえー

優しいお姿のお地蔵さまが、皆さまに子宝を授けてくださるんやね照れ
最近では、二人目や三人目を授かりたいので…とお参りに来られる方も増えていますニヤリ


摂津国八十八箇所 第六十九番札所
兵庫県宝塚市中山寺2-11-1


朝食としてサニーサイドさんに照れ
JR中山寺駅から南に5分ほど歩いたところにあるんよえー
平屋建てのお店は外観も内装も無駄がなく良い感じウインク

入ると左半分がパン売り場、右がレジとカフェスペースニヤリ
イートインが出来る席もあります照れ


エッグトースト トリュフ塩仕立て 209円
パンドミにたまごサラダ、モッツァレアチーズをサンドし、仕上にマヨネーズとトリュフ塩をトッピング爆笑
最強の組合せだと思ったラブ

ブレンドコーヒー 300円と共に…優雅にモーニングを照れ

モーニング価格で100円引きになってLUCKYですぅ〜チュー

中山寺駅から274m
兵庫県宝塚市中筋8-11-52