今回は大阪の信貴山口駅に照れ
久しぶりに河内西国に出掛けました爆笑
まずは
信貴山口駅から10分ほどの常楽寺へ照れ

常楽寺  【じょうらくじ】
その昔、元文年間(1532~54年)頃に、大和川支流、郡川の里辺にある十一面観世音菩薩は霊験あらたかで、近郷の人々に崇拝されていました。その観音菩薩は、川辺観音と呼ばれ、近郷の人々に崇拝されて、寄進されました。

この十一面観音は御本尊阿弥陀如来の御前立として安置されています。

南北朝時代より念佛聖の道場となり、1689年(元禄2年)念誉上人により旧本堂が再建され、秀伝和尚の時、融通念佛宗となり今日に至っています。

念佛聖とは、空也をその祖とし,中世民衆の間に念仏の功徳を説き,浄土信仰を広めていった一群の遊行者の総称の事です。


山門
改装したんかな?
めちゃ綺麗です照れ


手水…水も柄杓もないガーン


本堂
御本尊
十一面観世音菩薩
本堂も扉を開けて下さり、内陣を拝観させていただきました爆笑

お厨子に秘仏の阿弥陀如来様が祀られ、お前立は十一面観音立像がびっくり

秘仏…
めちゃみたいですショボーン


本堂内には釈迦如来坐像と騎獅文殊菩薩& 騎象普賢菩薩坐像と十六羅漢さんが祀られていて、少し窮屈そうでしたが…えー


河内西国霊場 第25番札所

大阪府八尾市郡川5-151

常楽寺から1キロほど先の法蔵寺へ向かうのですが…えー
これが…心臓破りの坂でガーン
途中で足が上がらんように…えーん
時間をかけて法蔵寺へ到着プンプン
汗がヤバいガーン

法蔵寺    【ほうぞうじ】
寛延元年(1748年)土佐の長宗我部氏の子孫である好山和尚により曹洞宗のお寺として開山する。

好山和尚は土佐(高知県)の真如寺(土佐藩主山内家の菩提寺)において薙髪、遊方した後摂州の天桂禅師に従い嗣法する。

当寺はその山内家の祈願寺として建立されたゆかりで、現在でも山内家藩主8代豊敷(とよのぶ)9代豊雍(とよちか)のお位牌が当寺にお祀りされている。  

また、本堂前にある「大覚山」の扁額は、好山和尚の筆によるものである。

また、当寺への道はその昔、聖徳太子が通ったとも言われ、現在でもそのゆかりで大道と呼ばれている。

~神霊泉の不思議~
境内は干ばつに見舞われ、水が枯渇する時代がありました。

当寺二世益州和尚の時和尚水が出るようにと祈ること7年、或る晩、龍神が夢の中に現れ山中の壱所を託す。
その場所掘ること2町余り。
1つの水脈にあたり、滝のように霊泉が湧出し当時の村人は大変喜びました。

それ以来不思議な縁起をもつ水脈は神霊泉とよばれています


不許葷酒入山門
臭気の強い野菜は他人を苦しめるとともに自分の修行を妨げ、酒は心を乱すので、これを口にしたものは清浄な寺内にはいることを許さないということ…キョロキョロ

まぁ…
確かに…ねえー


山門
いい感じの雰囲気やねえー


手水
ここは龍は居ないけど…蛇口はあったぁ爆笑


本堂
御本尊
聖観世音菩薩

大覚山法蔵寺(だいかくざんほうぞうじ)は、『信貴山口からここに続く道はかつて聖徳太子が物部守屋と戦って敗れ、再起を計って信貴山に逃れる折に通ったとされる大道プンプン
寺院の場所は陣屋跡と伝えられてますえー

寛延元年(1748年)、好山和尚に拠り曹洞宗寺院として開山プンプン
好山は土佐の長曾我部氏の子孫で、土佐藩主山内家菩提寺である土佐の真如寺で剃髪えー

その所縁で現代でも山内家8代、9代藩主の位牌が当寺に祀られているんです照れ


子安地蔵
 妊婦の安産を守護するという地蔵菩薩照れ


境内からの眺めラブ
ここまで上がってきたんやね…ガーン
よく頑張った!
足!プンプン


山茶花 山茶花咲いた道〰️チュー


河内西国霊場 第17番札所

大阪府八尾市郡川6-3


近鉄大阪線河内山本駅南口から徒歩1分ほどのところのてんまやさん照れ
ここで朝食を爆笑


玉子とじうどん 370円 
海老天 170円
いなり寿司 2け 150円

大阪うどん爆笑
中くらいの太さでコシはなく柔らかい…プンプン
歯が要らんくらい柔らかいんよねえー
子供の頃からよく食べてきたなぁ照れ

少し玉子とじが雑やけど…
これも立ち食いのいい所照れ

15cmくらいある衣ばっかりの海老天ではなく、さっくり衣の端までちゃんと身がある食べ応え感ある揚げたての海老がプリっとした食感で美味い爆笑

うどんにはおいなりさんが合うんよね照れ

近鉄大阪線 河内山本駅南口 徒歩1分
大阪府八尾市山本町南1丁目3-6