次は櫟谷宗像神社から歩いて10分ほどの法輪寺へ照れ

法輪寺    【ほうりんじ】
和銅六年(713)に元明天皇の勅願を受けて行基が創建した木上山華葛野井寺(もくじょうざんかずのいでら)にはじまる。

かつてこの地は秦氏(はたし)によって治められ、大陸からもたらされた文明によって大いに発展していたという。

開創以来、天皇の勅願寺になるだけでなく、弘法大師 空海、興教大師 覚鑁(かくばん)、日蓮といった名僧も当寺に参籠して修行を行った。

本尊の虚空蔵菩薩は天長六年(829)に空海の弟子 道昌が彫刻して安置したものと伝わり、貞観十年(868)に現在の寺名である法輪寺へと改称している。

道昌は大堰川を整備して渡月橋を架設した人物としても知られ、橋はかつて当寺の名前から「法輪寺橋」と称されていた。

天慶年間(938 〜 947)には空也が入寺して伽藍が整えられたが、応仁の乱(1467 〜 1477)によって荒廃。

慶長十一年(1607)に後陽成天皇と加賀前田家によって再建されるも、元治元年(1864)の禁門の変(蛤御門の変)で焼失してしまった。


山門
山門を抜けたら緑のトンネル照れ
そして…階段ニヤリ


手水舎
竹に柄杓…
これだけで最高の雰囲気だよね照れ


本堂
明治十七年(1884)

本堂に祀られている「虚空蔵菩薩像」は、日本三大虚空蔵の一つに数えられており、漆器業・工芸技術の守護仏、丑年・寅年生まれの守本尊として信仰されています照れ

道昌が百日間の参籠後に刻んで安置したと伝わり、京都十三仏霊場の第13番札所になっていますえー

虚空蔵(こくうぞう)とは、その文字が現しておりますように、虚空即ち大空(宇宙)を意味するものプンプン
その大空の中には種々の物々、即ち日月、星をはじめ一切の山川、土地、草木などあらゆる森羅万象、生物をことごとく包容し、余すところないように納め ており、ちょうど世間で云う大きな宝蔵に多くの財宝を収めてるのと同様であると言われてるんよえー
虚空の姿を宝蔵になぞらえて、虚空蔵というんやってえー

大空(宇宙)はあらゆる一切の物を収蔵して、光、熱、雨、水、温、湿など、絶えず自然の恩恵を与え、平等に、しかも無限の動植物を育成プンプン
虚空蔵菩薩はこの広大分限の大空の徳性を総合する霊位であり、無限のご利益を人間をはじめ動植物の育成から一切の物資の生産に至るまで施与ほどこし、守護おまもりしてるんですプンプン

即ち「山川草木悉有佛性」の思想であり、自然現象から人間を始め生きとし生けるもの全ての生存、育成まで、これみな虚空蔵菩薩様の御慈悲であると云う考え方なんやってキョロキョロ

そして特にこの法輪寺の虚空蔵菩薩は降臨せられましたときの御本誓に「智恵を得んと慾し」、「福徳を得んと慾し」、「種々の芸道に長じ、技芸に上達せんと慾し」、「玄妙の域に達するような流暢な音声を出し、歌舞音曲の奥義を極め栄達を得んと慾し」、「官位、称号、免許を得るように慾し」、「内外とも身分にふさわしい威徳を得るように慾し」・・・など祈願するものは、わが名(虚空蔵尊名)を 称念おとなえせよとお説きになってるんですプンプン

このことと、法輪寺の由来が秦代族らもともと工芸、技芸を職とした人々に深く信仰された「葛野井宮」が起源であることと合わせて、幼少年期より青年期に移ろうとする人生の転換期に、智福を与え、技芸に長じさせ給えとの虚空蔵寺への守護祈願、即ち毎年四月十三日十三歳になった男女が参詣する「十三詣り」の慣わしや裁縫、服飾、芸術など技芸の上達を祈願する「針供養」(毎年十二月八日、二月八日)の行事が行われるようになったのではないかと…えー

又染織、漆器、彫刻、醸造、酒造など所謂美術工芸に関連した商工業者からも厚く信仰を得ているのも法輪寺虚空蔵尊の前記御本誓や、往古秦氏族の信仰していたことに関連していると思われますニヤリ


虚空蔵菩薩は、丑年と寅年生まれの守り本尊とかで…えー
狛虎爆笑
反対に狛牛が居てるんよウインク
狛虎って珍しいかもびっくり


大黒天堂

十三まいり
法輪寺の本尊 虚空蔵菩薩は知恵を授けると仏として信仰されており、「嵯峨の虚空蔵さん」の通称で知られてますプンプン

「十三まいり」という行事は、関西にゆかりのある方以外はあまりなじみのないものかもしれませんが、旧暦の3月13日(新暦の4月13日)前後に、数え年13歳の子供たちが行う祝いごとのことで、関西では七五三と同じくらい大事な行事とされていますえー

特にこの嵐山の法輪寺への十三まいりはとても有名で、ここにある虚空蔵菩薩が十三番目に誕生した智恵と福徳を司る菩薩とされているので、京都をはじめとする関西の子は13歳になると晴れ着を着てここに知恵を授かりに来るのですプンプン

それだけであれば、地域の伝統的な普通のお詣り、という感じなのですが、京都嵐山の十三まいりはそれだけではないのですプンプン

この法輪寺での十三まいりには大事な決まり事があって、お詣りが終わってからお寺の長い参道を下って、渡月橋を渡り終わるまで、けしてうしろを振り返ってはいけないえー

途中で振り返ると、授かった知恵が全部戻ってしまう、という言い伝えがあるのですプンプン

緊張した面持ちで、一心不乱に渡月橋を渡るお詣りを終えた子供たちのうしろ姿えー

大人への通過儀礼も、京都はやっぱり風流やね照れ

期間は3月13日 〜 5月13日と10 〜 11月

十三まいりの服装ですが、やはりちょっと大人びた格好をする子供たちが目立つんよえー

女の子は着物、男の子はスーツといった格好が中心ですが、学校の制服でお詣りする子供たちもたくさんいますので、大人としての自覚を込めた服装であれば、あまり晴れ着にこだわらなくても問題はないとかキョロキョロ

また、渡月橋の手前には着物屋さんがたくさんあるので、事前に予約をしておけば十三まいり用の衣装をレンタルすることも簡単なんやってニヤリ


多宝塔
めちゃ立派な多宝塔プンプン
ただ…
下の方が囲われていて…中が見にくいんよねショボーン


羊は虚空蔵菩薩の使いとかびっくり
この羊の頭に触れると、智恵を授かれると言われていますので、まずは子供たちにこの羊の頭を撫でてもらうんですえー

羊や牛や虎や…キョロキョロ
動物園みたいやねニヤリ


針供養塚
「針供養」は、皇室で使用された針の供養を命ぜられたことに始まり、平安時代から行われているんやってびっくり

「針供養」では、参拝者が蒟蒻に針を刺して供養するとかえー

12月8日の針供養では、皇室から下賜された針が宝塔に納められるんです照れ


電電塔
元治元年(1864年)の禁門の変で罹災しましたが、仮宮であった社殿を電気電波関係者の発展を祈願する「電電宮」として昭和31年(1956年)新たに奉祀プンプン
電電宮と電電塔奉賛会が発足しました照れ
雷の神は田の神と同一と考えてられていたため、多くの住民の信仰を獲得したんやってびっくり


電電宮
虚空蔵法輪寺には、電気電波関係業界の発展を祈願する電電宮プンプン

道昌僧正が100日間の求聞持法を終え、満願の日に井戸水を汲んでいると、明星が天空より降り注いで虚空蔵菩薩が示現びっくり

その明星を表す明星天子を本地仏として、雷の神「電電明神」を祀る「明星社」(みょうじょうしゃ)が鎮守社のひとつとして建立されましたプンプン

電気・電子・情報の神さまなんですえー
今風の神様って感じやねニヤリ


本堂の横に見晴台があります照れ
ここから渡月橋などが見れるんよおねがい


京都府京都市西京区嵐山虚空蔵山町68


食べ歩き〰️二弾照れ
良彌 本通り店 です爆笑
京都・嵯峨嵐山で七十余年、京都嵯峨料理良彌の職人が、和食の技法を基に、新鮮な魚のすり身に京の食材や旬の食べ合わせを取り入れ「天富良(てんぷら)」を作り上げましたプンプン
ぷりぷりした食感と、魚の旨味が詰まった、そのまま食べても、お鍋等で煮込んでいただいても、美味しくお召し上がりいただける一品爆笑
骨の無いすり身生地のベースには、大豆や玉子・小麦を使用しておりませんので、赤ちゃんからご年配の方まで安心してお召し上がりいただけるんやってウインク

その中でも一番人気が当店名物「ゆばチーズ」なんよぉ爆笑


湯葉チーズ
400円
揚げられたゆばは、揚げ餃子の皮みたいにパリパリとした食感照れ

その中から、とろけるチーズ入の天ぷら(かまぼこ)が現れます爆笑

パリ・モチ・トロの食感でけっこう旨かったですよ照れ


お外で食べるって気持ちいいよね照れ
それも桂川や渡月橋を見ながらだから余計に美味しい照れ

嵐山駅(京福)から144m
京都府京都市右京区嵯峨天龍寺芒ノ馬場町1-1 1F・2F