次に目指すは満願寺!プンプン
鴨神社から約4キロ…ショボーン
頑張って歩くぞぉ〰️チュー
って思って川西池田駅を通ると満願寺に行くバスが止まってたぁ〰️爆笑
川西池田駅から1時間に1本しかないんで…
めちゃLUCKYやぁ爆笑
迷わず飛び乗りました照れ
乗って正解!
満願寺は山の上にあるみたいで…
バスは坂道を登って行きましたびっくり

満願寺    【まんがんじ】
縁起は、神亀年間(724~9年)勝道上人が千手観音を本尊として創建したと伝わる。

のち、968年(安和元年)源満仲が摂津守として多田に本拠地を構え、満願寺に帰依し、源氏一門の祈願所とした。

以来、源頼朝や足利尊氏など源氏一門の安堵や寄進を受け、寺運大いに栄え、最盛時には49の院坊があったが、戦国末期の兵乱でことごとく焼失している。

徳川時代に入り諸堂が再建されたが、往時の盛況には及ず、12院となったが幕末期に至るまでに円覚院以外は全て移転。

明治初年に円覚院を改めて満願寺と称し、現在に至っている。

現在の多くの建物はその当時のものである。


山門
明治14年に建てられた山門は、一見中国風に見えますが…えー
明治初期に洋風を取り入れた建築様式で、全国的に珍しい数少ない建築なんやってびっくり

山門(仁王門)の古礎は「摂陽群談」(せつようぐんだん)「摂津名所図絵」にも惣門跡とあり、この場所に一山の入り口があったことが窺えますプンプン

山門前から下る石段は昭和初期の建設で「女人厄除」と称して三十三段(女性の厄年33に因む)を刻んでいますえー

左右の仁王像(鎌倉時代末期の作)は元多田院南大門にあったものを明治初年の神仏分離令により移転してきました照れ


手水
なかなかお洒落な竹手水照れ


金堂
慶安年間(1648~52年)の再建プンプン
金堂には阿弥陀如来をはじめ、薬師如来、聖観音、十一面観音、四天王、など多くの古仏像を祀ってました照れ

金堂の本尊は、古来より「開眼阿弥陀如来(めあきのあみだにょらい)」と呼ばれてきましたプンプン
この仏像は、奈良時代に当山を開いた勝道上人の一刀三礼(一度刻んでは三回礼拝する)の作と伝えられ、霊験あらたかに、数々の奇跡が現れたんですえー

その数々の奇跡で語り継がれている中で、源満仲の子、美女丸(または美丈丸)は素行が悪く、修行を怠ったため父の怒りに触れてしまいますガーン
危うく美女丸は命を失うところでしたが、源満仲の家臣である藤原仲光の子、幸寿丸の犠牲によって密かに助けられましたニヤリ

後にそれを知った美女丸(または美丈丸)は、悔い改めて比叡山で修行に励み、やがて源賢阿闇梨(げんけんあじゃり)という高僧になりました照れ
そんなある日、師の源信僧都(平安時代中期の天台宗の僧)に伴われて当山 満願寺を訪れた源賢阿闇梨(げんけんあじゃり)は、年老いた源満仲と母公に再会えー

源賢阿闇梨は、自ら美女丸であることを源満仲と母公に明かしますプンプン

驚き喜ぶ母でしたが、母公の両目はすでに見えなくなっていましたえーん
それを知った源賢阿闇梨は、当山に留まり、阿弥陀如来に誓願をかけ、「母の眼病平癒させ給へ」と丹精込めて念じましたプンプン
そして、7日満願の暁には、母公の両目が全快するという奇跡が起こりました爆笑

ますます信心を深めた母公は、源賢阿闇梨のために円覚院(現在の本坊)を建立しますニヤリ

このときから「開眼阿弥陀如来(めあきのあみだにょらい)」と呼ばれるようになり、目の病の回復を願う人々が祈願するようになりました照れ


毘沙門堂
源満仲公が自ら造って奉納したといわれている毘沙門天像をお祀りしていますプンプン
勝運、福徳除災を祈る七福神の一人やぁ爆笑

「毘沙門天王」の額は、明治から昭和初期の日本の書道界の第一人者「川村驥山」書えー


不動明王
大きな慈悲の力の内に秘めた怒りのお姿プンプン

右手に利剣の刀、左手に羂索(けんさく)の縄を持っていますえー

密教の教主に代わって修行者を守るといわれていますよニヤリ


坂田金時の墓
金太郎の名で親しまれ、氣は優しくて力持ちプンプン

動物とたわむれる姿が童話や童謡にうたわれている金太郎やねニヤリ

源頼光と出会い、金太郎の力量を認められて家来になりました照れ

名前も金太郎から坂田金時(さかたきんとき)と改名し、京にのぼり源頼光四天王の一人となりましたプンプン

大江山で酒呑童子を退治した、武勇の誉れ高い武士なんやぁ爆笑


稲荷社
白いお狐さま…めちゃべっぴんですなぁ爆笑


晴雲殿
納骨堂ですニコニコ
めちゃ洒落た建物やね照れ


鐘楼
梵鐘の銘には明暦4年(1658)の年紀がびっくり
第二次世界大戦中は供出されましたが、戦後無事返還され、今日に至っています照れ


観音堂
秘仏「千手観音菩薩」を祀る御堂プンプン

満願寺奥の院の地(現在霊園の一部)にありましたが、明治17年に現在地に移建されました照れ

年に1度、春の彼岸に本尊の秘仏「千手観音菩薩」が拝観できるんですよ照れ
天井画(龍図)は狩野杢羔義信の筆があるんだとかびっくり


本坊
満願寺本坊は、古くは円覚院と呼ばれていましたプンプン
延宝8年(1680年)または宝歴6年(1756年)の古文書によると、円覚院をはじめ、龍池院・西芳院・新坊など山内には二十にせまる数の院坊があったとかびっくり

しかし明治初年には円覚院一坊のみとなってしまいましたショボーン
その後、明治31年より円覚院を満願寺とし、本坊として現在に至っています照れ

本坊の書院庭園は、自然の地形を利用した池泉観賞式庭園えー
書院と同じ徳川時代(寛政10年・1798年ころ)に造られたのではないかとみられていますニヤリ


二人塚
胡桃沢源人(洋画家)と融紅鸞(日本画家ラジオの人生相談で有名)夫妻は戦火を避けて当所に疎開し画を描いて暮らしましたプンプン

その縁で昭和46年両人はこの碑を建立したんやって爆笑


兵庫県川西市満願寺町7-1


川西池田駅からすぐにある森のくまさん
めちゃ名前可愛いでしょ〰️爆笑
ほぼ女子率100% と聞いていてビクビクしながら入店…キョロキョロ
運良く?まだ誰も居なくて爆笑
違う意味…ショック(笑)


いろんな定食がある中で名物になってるのはえー

和ランチプレート 1050円って事なんで注文したぁ〰️爆笑

印象は
おかずの種類が多い〰️ラブ
小さい小鉢に入っています照れ

鮭の塩焼き、ひじきの酢の物、お刺身(マグロ、サーモン、鯛)、だし巻き玉子、天ぷら(キス、ししとう、しいたけ)、卯の花、マカロニとブロッコリーの和え物、煮物(大根、ちくわ、こんにゃく)、茄子とそぼろ、昆布の佃煮…と照れ

天ぷらはサクサクで焼き鮭はシットリ照れ

ちょこちょこ沢山頂けるのがうれしいねぇ照れ
しかも丁寧なお仕事されてますラブ

白ごはんもお米のつぶがキラキラ光っていて
めちゃ美味しいしぃ〰️チュー

どれも繊細な味で、美味しくいただけました照れ

少しずつ、色々といただけるので女性に受けが非常に良いのは頷けますなぁニヤリ

JR福知山線 川西池田駅から徒歩2分
兵庫県川西市栄根2-6-7 SKビル 1F