禅定寺からさらに山を登り猿丸神社へチュー
めちゃ足がパンパンやぁ〰️ガーン

猿丸神社   【さるまるじんじゃ】
平安時代の末期、山城国綴喜郡"曾束荘"(現在の滋賀県大津市大石曽束町)に猿丸大夫の墓があったとされ、山の境界争論により、江戸時代初期にほぼ現在地に近い場所に遷し祀ったものと思われ、その霊廟に神社を創建したのが始まりです。

 鎌倉時代前期の歌人・鴨長明は『無名抄』に、「田上のしもの曽束といふ所に、猿丸大夫の墓があり、庄のさかひにて、そこの券に書きのせたれば、みな知るところなり」と書き留めています。 

神社に伝わる絵馬(正保2年=1645)には、禅定寺地区の氏子中が社殿を建立したとあります。

その頃、当社を参拝した伏見・深草住の日蓮宗高僧・元政上人は、「有猿丸祠。此亦大夫遊處之地。而村民奉祀也」『扶桑隠逸伝』と書き残しています。


表参道照れ
石碑が凄くいい感じやね爆笑


手水舎
龍が無いの?ショボーン
でも…
井戸水が湧き出るのでしょうかびっくり
めちゃ綺麗な水が湧いてるみたいです照れ


夫婦猿
仲睦まじそうですなぁラブ


本殿
御祭神 
猿丸大夫(さるまるだゆう)
出生来歴については不詳ですが、『古今和歌集』の「真名序」にその名がみえ、奈良時代末期から平安時代初期にかけての歌人とされ、天武天皇の皇子・弓削皇子、柿本人麻呂の世をしのぶ名、その他諸説がありますプンプン

 平安時代中期には、藤原公任によって三十六歌仙の一人に数えられ、その後は藤原定家の『小倉百人一首』にも撰ばれて広く世に知られるようになりましたびっくり

近世に入ってからは、瘤・出来物や身体の腫物の病気を癒す霊験が あるとして、"こぶ取りの神"更には"癌封じの神"と篤く信仰されるようになりましたよ照れ


 家内安全・無病息災・病気平癒、交通安全、厄除け、また学業・ 受験の守護神です照れ


狛猿
狛猿をさすった手で自分の身体をさすりましょう〰️チュー
すると、さすったところは病気にかかりにくいということです照れ


ご神水
地近くで湧き出している水を、ここに運んできているのだそうですびっくり


身代わり猿
桐の一刀彫ですぅ〰️チュー
身代わりに厄を負って頂けるんやって照れ


猿みくじ
やっぱあるのねニヤリ


猿丸大夫が詠んだ歌
「奥山に紅葉ふみわけ鳴く鹿の声きく時ぞ秋はかなしき」

百人一首では彼が詠んだとされるこの歌ですけれど古今和歌集では詠み人知らずとして扱われているとても謎が多い人物なんですってびっくり


 京都府綴喜郡宇治田原町禅定寺粽谷44


田原川と宇治田原の風景です照れ
めちゃ
落ち着く照れ


帰りに新田辺まで戻ってきて駅近にある一方堂
へ寄ってみたぁ〰️爆笑


ここの名物は、でこ栗なんですよぉ爆笑
奥のやつねえー

でこ栗 230円

他に季節限定で栗もち200円があったので買いました照れ


まずはでこ栗を
半分に割ってみると…キョロキョロ

栗が丸ごと入ってましたぁ〰️ラブ

これは…贅沢〰️チューと言うかこれだけ大きな栗がごろ〰️んっ!と入ってるから最高だね照れ

コレ美味しいぃ〰️チュー
お饅頭の皮もしっとりおいしい…栗の周りの白あんも滑らかやぁ〰️爆笑

そして何よりこの栗プンプン
甘露煮にされた栗が美味しいぞぉ〰️爆笑
甘すぎない味付けで栗本来の甘さもしっかりあっておすすめやね照れ

つぎは
栗もちを
こちらもちがフワフワで赤ちゃんのお尻を食べてるみたいやぁ〰️チュー
って赤ちゃんのお尻を食べた事 ないですがね…ニヤリ
こちらも栗がごろ〰️んと入っていてアンコとの相性バツグンやぁ〰️爆笑

やっぱ栗は美味しいね照れ

新田辺駅から125m
京都府京田辺市田辺中央2-1-29


帰ったらいつものようにエマが窓際で待ってましたぁ照れ
ただいまぁ〰️爆笑