木津駅周辺をぶらりと照れ
この日もめちゃ暑い日で気温38度〰️
高熱だぁ〰️ガーン

岡田国神社 【おかだくにじんじゃ】
創立は人皇37代斎明天皇5年(659)9月と伝えられ、生国魂尊を奉斎せられました。

旧社地入口の案内には岡田国神社は、近世まで『天神社』と称し、木津郷五ヶ村の氏神として祀られてきました。

創立については明らかでありませんが、明治11年(1878)に延喜式内岡田国神社に比定されましたとあります。

創建を斎明朝(飛鳥時代)とするのは何らかの伝承にもとずくものだろうが、正史上での初見として、三代実録・貞観元年(859)に従五位上を授けたとの記録(上記)があり、9世紀中葉以前の創建であるのは確かといえます。


一の鳥居
ここから参道です照れ


広くて綺麗な境内照れ
誰も居ないと少し寂しさがあるよなぁショボーン


手水舎
年代を感じさせられるよねぇびっくり


新社殿
境内の中央を占める広場を囲んで、東奥に拝殿(入母屋造・銅板葺)が、その奥、透塀の中に朱塗りの本殿(春日造・銅板葺)が、いずれも西面して鎮座してますぅ照れ
昭和54年に建てられたと宮司さんが言ってたぁ〰️爆笑

祭神
生国魂尊
その土地に坐す神、いわば産土神を意味する普通名詞的な神名で、当地一帯の氏神社という岡田国神社の祭神としては相応しいよねぇ照れ

ただ幕末まで菅原道真を祀る天神宮と称していたことから、生国魂尊は、当社が式内社に比定されたときに、新に迎えられた神とも思われ、
式内・岡田国神社本来の祭神かどうかは不詳なんやってびっくり


座直会殿
ここは祭りなどあるときに特別な人達が観覧する所なんやってキョロキョロ
お弁当食べながら見るんよ照れ


長い仮屋(氏子詰所・切妻造・瓦葺)が、広場の西(社殿正面)に社務所が建ってますびっくり
めちゃ
立派なやぁキョロキョロ


旧社殿域の南西隅に立つ鳥居を入ると、境内中央の舞台(方一間切妻造・瓦葺・1910-明治末-改築)を取り囲む形で社殿が建ってるんですぅチュー

また、舞台の両側に、南北に長い仮屋(氏子詰所・切妻造・瓦葺・1907-明治末-改築)2棟が建ってます。
時代の流れを感じる…キョロキョロ


旧社殿
舞台の東側に横長の大型拝殿(切妻造・瓦葺・1620-明治前期-建造)が、その奥、石垣の上に透塀を構えた一段高い神域に、本殿2社(一間社春日造・檜皮葺・17741江戸中期-再建)が並び、その左右に摂末社がありましたぁ照れ


神社にみられる、舞台を中心に拝殿・南北氏子詰所が配された構成は、府南部の相楽郡地域に伝わる配置形態ですが、現在この形式を保存している神社は少なく、山城地方の室町時代の惣の社の姿を伝えるものとして貴重な遺構となってるんやってびっくり

この旧社殿は昭和63年(1988)3月、京都府登録文化財として、背後の森を含む境内一帯は、文化財環境保全地区に指定されたんやでぇチュー

いずれの社殿も相当に古びており、特に本殿2社の屋根は苔生しているが、欄間などには緻密な飾り彫り物などが残ってましたぁラブ

祭神
新社殿の本殿は一棟だが、旧本殿は南北に2殿が並び、神社明細帳(1876・明治初期)キョロキョロ

右殿--生国魂尊(岡田国神社祭神)・菅原道真(天神宮祭神)

左殿--仲哀天皇・応神天皇・神功皇后(八幡宮祭神)とありましたぁ照れ


京都府木津川市木津大谷105


岡田国神社の隣にはJR奈良線が走ってます照れ
その歩道橋からパチリ爆笑


今回のランチは木津駅前の食堂ひので に来ましたぁ爆笑



ランチメニューチュー
かやく御飯&だし巻き玉子に引かれますが…キョロキョロ
やっぱ
おふくろぉ〰️爆笑


おふくろ弁当に味噌汁を着けましたぁ照れ
なかなかのボリュームやぁ〰️ラブ


赤魚の煮付けはめちゃ味が染み込んでいてめちゃ御飯が進むぞぉ〰️チュー
いつも思う事なんやけど赤魚って何?キョロキョロ

ハムカツはめちゃ太くてソースとの相性がバッチリやぁ〰️
揚げたてやからめちゃ美味しぃ〰️爆笑

しめじのマヨネーズ焼も美味しくてビールが欲しくなる味付けやしぃ〰️チュー

お腹いっぱいになりましたぁ照れ
ちなみに御飯大盛り無料です爆笑

京都府木津川市木津駅前1-41