岡電バス 890号 / おかでんミュージアムにて
去る10月11日、岡山電気軌道の本社にて″鉄道の日フェア2025″が催され、その時の写真をUPします。
なかなか私のブログで″バス″って無いのですが、今回の おかでんミュージアム では、引退する最古参車両が。
主役だったので、今日の記事はバスです。
やらなければならないネタが大渋滞で、鉄道の日からもう3週間以上経ってしまったんですけとねぇ(笑)
写真は鉄道の日の記事と、一部が再掲載しているので重複しますが、そこら辺は「夜露𦱳苦~」って感じで(爆)
と、いうことで、引退する890号の車内見学をすると、記念品が頂けたのですけれど、その中に「890号から最後のメッセージ」というお手紙が入っていました。
既に引退してしまっており、車両は未だ現存しているのか解体されてしまったのかは判りませんが。
岡山電気軌道さまから頂いたお手紙全文を、ここへ転載したく思います。
890号より、最後のメッセージ
● はじめに:ベテランバスより、心からのご挨拶
みなさん、こんにちは。そして、ようこそお乗りくださいました。
今日、こうしてたくさんの方々にお会いできて、本当に嬉しいです。どうぞ、中へ入って、ゆっくりしていってくださいね。
私がみなさんを「おもてなし」できる、これが最後の機会になります。
私の名前は「890号」。
岡電バスで最も長く走り続けてきた、現役最年長バスです。
35年という長い月日、岡山の街を走り続けてきましたが、私のエンジンも、もうすぐ安らかな眠りにつくことになりました。
でも、その前に、私の長い旅の思い出を、少しだけみなさんに お話しさせてください。
● 第1章: 変化の時代に生まれて-私の、ちょっと特別な物語
私が岡電バスの一員として登録されたのは、1990年1月のことでした。 日本が大きな希望と活気に満ち溢れていた、そんな時代です。
「これから岡山を支える、丈夫な近代的なバスを」という期待を一身に背負って、私は生まれました。
私には自慢の「両親」がいます。
力強い心臓部であるエンジンと車体(シャーシ)は、信頼の三菱ふそう製「P-MP618M」。
そして私の身体(ボディ)を作ってくれたのは、当時、バス造りの名人として名を馳せた「西日本車体工業」という会社です。
特に私のボディは「58MC」という、当時としては画期的なモデルでした。
これは、昭和58年(1983)年に開発されたことに由来する名前で、リベット(びょう)のない滑らかな見た目と、「スケルトン構造」と呼ばれる頑丈な骨格が特徴でした。
今見ると少し角ばったレトロな姿かもしれませんが、生まれた当時は、未来を走るバスの姿そのものだったんですよ。
残念ながら、私の身体を作ってくれた西日本車体工業は、2010年にその歴史を終えました。
もう二度と、私と同じ身体を持つバスが生まれることはありません。
そう思うと、35年間も走り続けることができたのは、岡電バスの皆さんの愛情と、そして何より、私を作ってくれた職人さんたちの確かな技術のおかげなのだと、胸が熱くなります。
● 第2章: 岡山の街とともに-私が走り続けたく35年の道のり
私の35年間は、岡山の街の歴史そのものでした。
私の家は、岡山営業所。 毎朝、ここから私の1日が始まり、夜には静かに身体を休める、大切な場所です。
ここから私は、岡山の様々な場所へ向かいました。
朝のラッシュ時には、岡山駅へ向かう学生さんや会社員の方方で車内がいっぱいにになりました。
昼下がりには、天満屋でのお買い物を楽しむ方々を乗せ、賑やかな声が響きました。
中央市場へ向かう活気、日赤病院や岡山ろうさい病院へ向かう人々の静かな祈り、そして岡南小学校へ向かう子供たちのはしゃぎ声。
そのすべてが、私の車窓から見える日常風景でした。
私の窓からは、岡山の街の変化もずっと見えていました。
新しいビルが建ち、見慣れたお客がなくなり、乗客のみなさんの手にあったものが新聞から携帯電話へと変わっていく。
そんな時代の移ろいの中で、私の役目はいつも同じでした。 みなさんを安全に、時間通りに、目的地へお運びすること。
それだけを考えた、ひたすらに走り続けてきました。
● 第3章: 私を支えてくれた家族-岡電バスの仲間たち
私がこれほど長く走り続けられたのは、決して私一人の力ではありません。 そこには、いつも私を支えてくれる「家族」の存在がありました。
工場の整備士さんたちは、私の「主治医」です。
年を重ねるごとに増えていく故障や不調。
私の身体の隅々まで知り尽くした彼らは、私のエンジンの小さな音の変化を聞き分け、不調の原因を突き止めてくれました。
部品が手に入りにくくなっても、知恵と技術で修理し、何度も私を元気な姿に戻してくれました。
同世代のバスたちが次々と役目を終えていく中で私が走り続けられたのは、この「質の高い整備」のおかげに他なりません。
そして、毎日私と共に走ってくれた乗務員さんたちは、最高のパートナーでした。
毎朝の仕業点検で優しく声をかけ、私の身体を隅々まで磨き上げ、日々の清掃・洗車を欠かさず行ってくれました。
彼らの丁寧なハンドルさばきとブレーキ操作があったからこそ、お客様は安心して乗車できたのです。
私たちは、まさに一心同体のチームでした。
● 第4章: 私の最大の誇り-未来の運転手を育てたこと
路線を走る以外に、私にはもう一つ、とても大切で、誇らしい役目がありました。
それは、岡電バスの新しい運転手を育てる「教習車」として働くことです。
この運転席に、どれだけ多くの緊張した若者が座ったことでしょう。
初めて大きなバスのハンドルを握るその手は、家宅捜索こわばっていました。
教習所のコースでは、狭いS字カーブやクランクで、私の大きな車体に悪戦苦闘していました。
私は決してカンタンナ先生ではなかったかもしれません。 わたしの車体感覚やないりんさを掴むには、相当な集中力と練習が必要でしたから。
でも、私はいつも辛抱強く、彼らがプロの運転手として巣立っていく日を待っていました。
今、岡電バスの路線でハンドルを握っている運転手の中には、かつてこの席で私と一緒に汗を流した人たちがたくさんいます。
彼らが直接お客様を載せることはなくなっても、私の教えは、彼らの安全な運転の中に生き続けています。
これこそが、私の最大の誇りであり、未来に残す最高の贈り物だと信じています。
● 終わりに: 最後の停留所-心からの感謝を込めて
私の走行距離は、1,260,000kmを超えました。
地球を何周もできるほどの長い道のりです。
たくさんの思い出と、数え切れないほど多くの人々を乗せて走って著ました。 私のエンジンはもうすぐ止まりますが、私の心は感謝でいっぱいです。
これまでにご乗車くださった、全てのお客様へ。
あなたの大切な日常の一部に、私がいることを許してくれて、本当にありがとうございました。
私を整備し、運転してくれた岡電バスの仲間たちへ。
みなさんの愛情があったから、私は幸せな35年間を走り抜くことができました。 本当に、ありがとう。
私の運転席で学んだ、全てのキョウシュウセたちへ。
これからも安全運転で、岡山の街の人々を笑顔にしてください。
そして今日、最後に会いに来てくださったみなさんへ。
こんなに素敵な花道を用意してくれて、心から感謝します。 古いバスにとって、これ以上の幸せはありません。
私の旅はここで終わります。
35年間の長きにわたり、たくさんのご乗車、誠にありがとうございました。
さよなら、そして、ありがとう。
ノンステップバス
旧型車が引退して行く中、やはり最新鋭の車両は導入されます。
現行モデルのノンステップバスも、隣へ並べて展示されていました。
890号は後日、ラストランとしてのツアーがあるようで、バスファンの方々にとっては、神ツアーなのでしょう。
ラストランを撮るか乗るかは、人それぞれの最後のお見送りですが、定員の関係から乗れなった人は。
やはり撮る側への参加となりますよね。
広島でもノンステップバスが主流になりつつあって、見馴れたデザインのバスたちの姿が、だんだん見る機会が減っていているように感じます。
しかし広島のノンステップバスのデザインって、何であんなにベタ塗りなんだろう(笑)
広島のバスはストライプのボーダーデザインなので、省力化のために各社そうしているのかな?とも思っています。
絶対に手間 + 時間 = 経費がかかっていて、今の時代では、材料費も人件費も絶対に削減したいデザインですよね(爆)
JRバスに水色のラインが入ったような岡電バスだと、ノンステップバスも似たデザインで就航できるようです。
最後は、岡電の露店コーナーと、890号の車内見学をした時に頂いた、記念品とその袋の写真です。
全てがバスの景品でなく、 岡山県警のコーナーで特殊詐欺の予防啓発の粗品も、一緒に写っています。
でもねぇ、詐欺の手口って日常的にいろいろあって、メールやメッセージでも頻繁に届くでしょ?
これだけ氾濫していても、やっばリ騙される人って、一定数いるらしくて。
自分は騙されないと用心深くしている人よりも、自分も騙されると警戒している人の方が、詐欺には引っかかりにくいんだそうですよ。
お互いにきをつけましょうね、
先日は岡電観光さん主催の岡電890号引退ツアーに参加しました。
— にわかバス (@bu_sukisuki) October 20, 2025
備北バスさんでの形式撮影、吹屋でのフォトランなどたくさん撮影することができ、890の山間部でのエンジン音を堪能しました。みなさま一日ありがとうございました。 pic.twitter.com/rGrldFHGIh
そしてラストランのXを、埋め込みリンクで貼らせて頂きました。
古き物には思い出がいっぱいです。
が、新しき物には快適性と居住性がもたらされます。
未来への希望よりも、過去の思い出の方が、どうしても感慨深くなりますね。
-安芸もみじ⛩️広島-

























