猿猴橋町で被曝電車 / 廃線まであと15日 | 安芸もみじ ─ Photographs, Historys, Railways,-JAPAN┃広島

猿猴橋町で被曝電車 / 廃線まであと15日

1925☆☆☆昭和100年記念☆☆☆2025
1945☆☆☆戦後80周年記念☆☆☆2025


被爆電車 650形は3両が現存しています。

その中で653号は既に廃車となり、その役目を静に終えようとしているところへ、RCC中国放送が手を差し伸べました。

653号は、被爆電車特別運行プロジェクトとして新たな使命を負い、「被爆者の高齢化が進む中、未来の世代に平和について考えてもらうきっかけになれば」と。

RCC被爆70年プロジェクトの一環として2015年にスタートし、これまで約2,800名の方が参加しているそうです。






その653号は、去る18日と、来る22日に、廃線となる猿猴橋町ルートに、JTBによって臨時ツアーが設定されました。

22日は仕事の都合で行くことができないのですが、昨日の運行には行くことができたので、小雨の降る中で行ってきました。

自宅で起床して支度をしている時には、まだ雨は降っていたのですが、広島駅へ着く頃には雨も上がっての曇天。

天気が好くなかったのはしかたありませんが、私にとっては猿猴橋町を走る被爆電車は、これがラストランとなるかも知れません。





ここでの自分に課したミッションは4つで、① = 被爆ポンプと合わせて撮る、② = 猿猴橋町電停の駅名標と合わせて撮る。

③ = 広島駅と猿猴橋町の駅名を653号と3点セットで撮る、④ = 被爆橋梁の荒神橋 親柱と合わせて撮る。

平日の朝なので、荒神橋はかなりキツかったですけれど、まぁ及第点として見ても良い程度で、4つともクリアしました。

それとこれはミッションにはしていなかったのですが、荒神橋の直角カーブのアウト側で、真正面の写真も撮りたかったんですよねぇ。





これは交通量の多い通りなのでムリかなぁ?と思っていたり、平日の朝にもかかわらず、写真を撮る人が意外に多かったことから。

被爆ポンプから移動して、場所取りができないかなぁ?との懸念もあったのですけれど、何かこの日は運が良かったようです。

電車そのもののアップフォトは最初に撮れているので、できる限り猿猴橋町界隈の風景を意識して撮りました。

もしもう1度、猿猴橋町界隈で被爆電車を撮れるなら、次は新幹線と合わせて撮る•••••••,に、チャレンジしたいなと思ったり(爆)





荒神橋の橋上では、エールエールA館の青いガラス貼りとも、合わせて撮れたりやっぱり天気以外はツイていた日。

戦前なので右からの平仮名で″くわうじんばし″と刻まれた橋名標、同じく右からの漢字で″荒神橋″と刻まれた橋名標。

天気が好かったら、白飛びして写らなかった可能性は高くて、雨天は雨天で好かったらのカモ知れません。

循環線が開業したら、恐らく廃駅となる的場町の下りホームも、屋根の駅名を入れて撮ってみました。

的場町の電停にはGREENMOVER LEX 1005号が停車していて、被爆電車 653号はもう稲荷町まで行ってしまっていますが、この見送り写真の頃から再び小雨が降り始めました。

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