8月6日を忘れないで!!

皆さん
お久しぶりです。
アート書家 心を描く 未宇悠 です。
毎年
この日は
私には特別な思いがあります!
8月6日
広島に原爆投下された日。
広島出身の私は
幼い頃より
8月6日朝8時15分に
一分間の黙祷をしてきました。
今朝も
平和式典を手をしっかり握り締めながら
観ましたし
黙祷もしました。
私が
学生の頃は
8月6日8時15分には
サイレンがなり
電車もバスも車も止まり
歩いている人も立ち止まり
皆が平和公園に向かって手を合わせたものでした。
近所の散髪屋のおじちゃんは
片方の耳たぶが溶けてなくて
足も片方溶けてありませんでした。
友人にも被爆二世は沢山いましたし
周りにも被爆したことで苦しんでいる方は沢山いました。
小学校の同級生は
被爆二世で
小学高学年で白血病を発症し
中学の時亡くなりました。
その女の子のお母さんが被爆されていて
お母さんは発病していないのに
娘さんが発病したんです。
ドクターをされてたお母さんは
お見舞いに行った私たちに
「私はドクターなのに、あの子に何もしてやれない!」
と言いながら
涙を流されました。
広島に生まれ
広島に育ち
大阪に嫁いだ私は
衝撃的な経験をしました。
二人目の子供が
生後三ヶ月で亡くなった
そのお通夜の時のことです。
息子を
亡くなる直前まで診ていて
結局診断ミスをしたドクターが
何食わぬ顔でお通夜の席に来て
線香をあげながら
亡き息子と
私、私の実の両親を前に
発した言葉。
それが
「広島から嫁さんをもらうとこんな原因のわからない亡くなり方をする」
そこには
私たち以外にも大阪の方が沢山いましたが
誰一人として
驚くわけでなく
頷く方もいました。
それでなくても
悲しみに打ち拉がれていた
私と私の両親は
あまりにもの言葉に
言葉すら出ずに固まりました。
悲しさに
怒りもまじり
腰が抜けたようになったのを
私は決して忘れません。
広島出身というだけで
悲しみをさらに深くするような
言われない差別をする人がいる。
戦後何十年もたっていても
まだ癒されることのない思い。
同じ日本人でありながら
悲しい差別。
自分の過ちを
ありえない理由で責任転嫁し
否定もしない人たち。
私は
戦争を直接知らない世代ですが
それでも
広島に生まれ
広島に育ったことで
戦争をずっと身近に感じてきました。
そして
戦争が残した爪痕を感じてきました。
8月6日に限るわけではないですが
私はずっと語り続けてきましたし
これからも語り続けていこうと思っています。
戦争は
核は
『人を傷つけるだけであり
終わらない悲しみを作るだけである』
と。。。
皆さん
最後まで読んで下さって
本当にありがとうございました!
花火
お久しぶりです

アート書家 心を描く 未宇悠 です。
先ほど
花火を
観ました

観る予定でなかったのに
足が
気持ちが
向いていました

観てよかった!
と
思いました


花火を観にいこう
そう思わせてくれた人がいます。
とっても
大切な人です

人は
本当に
人に支えられて
生きているんだと
思いました。
ありがとう

今年の夏は
昨年より暑く感じます


自宅で
簡単に髪を洗えない私には
かなりきついです

だけど
今夜は
笑顔で
お休みできそうですよぅ

きっと
明日も
笑顔で始まりますね


お休みなさい






