今まで父のことを書いてきたが、

 

どんなに詳しく書いたとしても、

 

平和の中でしか生きてきていない人にはきっと想像もつかないものだと思う。

 

小さい頃からどれだけ父が嫌いでも、

 

入退院を繰り返す母がいるので、

 

結局は穏便に暮していくしかなかった。

 

結婚しても、何かと交流していくしかなかった。

 

母がいなかったら、とっくにあんな父なんかほっといて暮らしていただろう。

 

でも、もう、ずっとそうやって大嫌いでも穏便にしてきたから

 

母が亡くなったからといって態度を豹変することもできず、

 

年老いて、結局誰からも愛されず、誰からも必要とされず、

 

頼るのは私しかいないと父もわかっているから

 

私に嫌われないようにはしてきたから(そういう頭の回転は優れている)

 

いや、もう十分父は物心ついた幼稚園児くらいから大嫌いではあって、

 

特に殴られたりしたらもう二度とお前としゃべるか、無視だ、と思っていても、

 

ご機嫌とるのに必死になってくるから、

 

結局母のためにも穏便にしてあげてしまう(というのも父はきっと計算済である)

 

私もそんな父をわかっていながら、

 

人間として放っておくこともできず、

 

自分がしんどくならない程度に何かとしてあげてきた。

 

まぁ、人に頼らないといけない身になったらそうなるよね、頭だけはしっかりしてるから。

 

 

父があんなふうになった背景もあるのよ。

 

父は子供の頃に戦争を経験している。

 

裕福な家庭に生まれたのに、家を焼かれて、お金も引き出せなくなって、

 

兄は戦死して、下の兄弟はまだ幼く、両親も早くに亡くなり、

 

父は年齢を偽って宮大工に奉公に行き、

 

やっと一人前になって独立しようとしたら、

 

圧力がかかって仕入れすることができず、仕事ができなくなったらしい。

 

宮大工の世界は狭い業界だから、どこも仕入れをさせてくれなかったらしい。

 

それで、父は人間不信になり、酒と女に溺れるようになったと自分の口から言っていた。

 

想像を絶する経験をしてきたのはわかる。

 

でも、だからといって、家族をはけ口にして、自分勝手に生きてきたのは許容範囲を大きく超える。

 

父は母に対して、「ちんば」とか「きちがい」とか「女と生まれてお前は何もできないんか!お前は食うて寝るだけが芸や!」

 

といつも暴言を吐いていた。

 

そりゃ、あんな父がいたらできることもできなくなっていくわ。

 

暴力もひどかったし、足が不自由なのにそんなの関係なく頭も足もお腹(妊娠中も)も関係なく思いっきり殴っていた。

 

宮大工で鍛えていたから力は強くて、全く容赦なかったから、生きてこれたのが奇跡だと今でも思う。

 

いつも頭の中で九九を唱えて、自分の頭は大丈夫かと確かめていたよ。

 

お前の老後は絶対面倒みないと固く自分に誓っていたのに、

 

どれだけ父に親切にしてあげてんねんと自分で思う。

 

兄なんかは父が亡くなっても連絡してくるなと言っている。

 

はぁ。

 

って思うけど、まぁ、あんな父がいなくなっても少しも悲しくならないので、

 

あれだけ好き勝手に90歳まで生きれたらええやろって思うので、

 

そういう意味では精神的には今となってはラクなのかなとも思う。

 

まー、これを読んで親不孝とか思うかもしれないが、当事者でないと理解できるものではないよ。

 

ビートたけしさんの「血と骨」という映画を観て、父みたいだと思ったので、

 

その映画を観て、あれがあなたの父だったら?

 

と想像していただけたらと思います。

 

 

でさ、こういった負の歴史は今までもずっとあるけれど、

 

もっと残酷な歴史もずっとあって今も続いているけれど、

 

でも、それでも、この負の連鎖をいつか断ち切れたらと思っている。

 

もちろん、私の息子ちゃんには親の面倒はみなくていいから、

 

自分の人生を精一杯生きてほしいなと思う。

 

 

この地球で行われている

 

愛溢れる場面も

 

残酷極まりない場面も

 

いろんな現実をかみしめながら

 

自分はその中でどう行動していくか

 

何を信じてどんな希望を持って生きていくか

 

 

ただそれだけをしっかり持って

 

後悔のない人生を生きてほしいと思う。

 

 

残酷を知ったからこそ芽生える愛がある

 

悲しみを知ったからこそ溢れる愛がある

 

 

私たちはその経験のなかで1パーツとなって未来を築いていく

 

大切な1パーツである

 

 

さぁ、未来は一人一人にかかっている

 

どんな夢を描いてどんな行動をしますか?

 

 

私はそんななかでもキャンディ・キャンディやシンデレラに希望をいただき、

 

そして、ミスチルにもすごく元気をもらって今まで生きてきた。

 

いや、それだけじゃない、ほんとに多くの人との温かい繋がりのなかで

 

ほんとにたくさんの素敵な思い出ができた。

 

 

9月20日、ミスチルのライブに行った。

 

前から12列目の、肉眼で桜井さんの顔がわかる距離だった。

 

こんなご時世だし、ミスチルもいつまで音楽活動してくださるかほんとわからない。

 

もしかしたらこのツアーが最後になる可能性だってある。

 

そんな氣持ちを抱きつつ、参戦した。

 

最近、声出しができなくてつらかったけど、

 

今回は声出しできるのがすごく嬉しくて、絶対私の声を届けるんだって思って参戦した。

 

で、もう、ここぞとばかりに

 

「桜井さーん」って叫びましたよ(笑)

 

そして、桜井さんのMCで、

 

以前のツアーが半世紀のエントランスということで、

 

50周年目指していこうと思っていますが、

 

その前に力尽きてしまうかもしれなけれど、

 

またここで音楽ができたらと思います。

 

的なことをおっしゃって、それがほんとにすごく嬉しかった。

 

そうね、ほんとに末永くこうしてライブを楽しめるような平和な日々がずっと続いてくれていたらいいな。

 

そんな意味もめっちゃ込めて

 

「また大阪に来てね~。待ってるよ~。ありがとう。」

 

ってめっちゃ叫んだ(笑)

 

ミスターチルドレンというチームの一員ですからね(笑)

 

でさ、この話なんだけど、ミスチルのファンクラブのお便りに何回もメッセージ送ってるのだけど(笑)

 

9月20日のライブの当選が決まってから送ったメッセージの中で、

 

私は以前からライブ後に、いつも「ありがとう」って叫んでいましたが、

 

ライヴ直後に大きな音で音楽を鳴らすと私の声を届けることができないので、

 

ライブ後すぐに大きな音楽を流さないで聞こえるようにしてほしい的なメッセージを送ったのね。

 

もちろん、最近では声出しNGだったので、それ以前に声を届けることは不可たっだんだけど、

 

今回は久しぶりに声を届けるチャンスだから、ライブ後すぐに爆音で音楽かけるのは避けてほしい的な内容のね。

 

そしたら、今回、ライブ後も少しシーンとする時間があって、音楽の大きさも爆音ではなかったの💓

 

きっと私のメッセージを受け取ってくれたんだってすごく嬉しかった💓

 

めっちゃ大きな声で叫ぶの、ほんとはすんごく恥ずかしいんだけど、

 

直接この気持ちを声で伝えるのはこれしかないから(笑)

 

私の声がどこかの片隅に残って、また大阪に行くのが楽しみになっててくれればいいな💓

 

 

といってもですよ、このご時世なので、海外で暮らしたり、海外で活動するという手段もあるわけですよ。

 

けれど、また活動を続けてくださるということをおっしゃって、ほんとに嬉しかった💓

 

タイタニックの映画で、船が沈む直前まで音楽を奏でてくれた人達のように

 

いや、もちろんそこまでじゃなくて自分を大切にしていただけたらともちろん思うけど、

 

でも、きっとできる限りこうしてみんなが音楽を聴いて羽根を伸ばして羽ばたけるような音楽を

 

これからも届けてくださるんだろうなって思うと、

 

ほんとに一緒の時代を生きてこれたこと、

 

こうして音楽を通じていろんな想いを共有できたことは

 

ほんとにかけがえのない時間、思い出だなと心から想います。

 

 

いつも最高のパフォーマンスをありがとうございます。

 

 

そんなこんなな私の人生はまた来月から大きく変わっていきます。

 

またブログも書いていきますね♪