息子(長男)から長い長い長文が送られてきて、

 

ほんとはすぐにでも会って話したい。

 

けれど、私の想いを受け取る余裕なんてないと思うので、

 

いつか読んでくれるといいなと願い、ママもここに想いを書こうと思う。

 

このブログはいつ誰に読まれるかわからないし、

 

今までずっといろいろと書いてきたから今更恥ずかしいなんていうことは

 

ちゃんちゃらおかしいんだけど、

 

息子にいつかこの想いがほんの少しでも届けばいいなと願い、書きます。

 

なので、ほんとは息子にしか読んでほしくないのだけれど、

 

でも、私の人生や想いはそんな恥ずかしいものでは決してなく、

 

もちろん、失敗や後悔や深い悲しみや

 

そんな言葉では表せない苦悩は山のようにあるけれど、

 

それでも一生懸命考えて挑戦して歩んできた人生だから

 

それ以上に愛あふれる経験や思い出も得てきたから

 

私の人生は胸を張ってどんな人にも伝えることができる。

 

なので、書き尽くそうと思えば辞書ぐらいの分量になるから

 

1万分の1ぐらいにコンパクトにまとめて書こうと思う。

 

それでもかなり長くなると思うから、時間と心のゆとりができた時に読んでほしい。

 

恥ずかしいけと、他の人も読んでかまいません。

 

っていっても、今までブログに書いてきたことになるから、

 

今までブログを読んでくださった方にはもうご存知のことなんだけど。

 

では、ここからやっと本文です(これだけでも長い💦)

 

 

では、まず、ママの生い立ちから。

 

あき(長男)はだいたい知ってるし、ママと俺を一緒にするなって思ってると思うけど、

 

別にママがそうしてきたからあきも同じように生きろなんて一言も言ってない。

 

そりゃー、生まれた環境が違いすぎるし、ママみたいに生きるなんて無理なんわかってる。

 

そうじゃない、ママ(相手)の立場になってに考える、推し量ることはとても大切だから、

 

ママを例にして、誰もがいろんなことを抱えながら一生懸命生きてるんよってことちゃんとわかってほしい。

 

なので、あえてママの生い立ちから説明します。

 

 

ママはじいちゃん(私の父)がアル中でDVで、性格も最悪で、

 

テーブルに少し醤油をこぼしただけで頭を思いっきり殴ってくる、

 

そう、なんやかんやと理由をつけて殴ってくる、

 

そして、何かを壊したり、ちょっと口の悪い言い方をしただけで、

 

頭をガンガン殴られる。

 

もう、死ぬんちゃうかというぐらい、長時間思いっきり殴られる。

 

今から考えてみると、腕とか足やったらあざが残ってDVは発覚するけど、

 

頭やったら髪の毛でわからないから、だからそれを計算の上で頭を殴ってたんとちゃうかなって思う。

 

ママは頭を殴られながら、頭、大丈夫かなって、いつも九九を唱えてた。

 

お前の老後の面倒はぜったい知らん。絶対面倒みないからなって誓うだけが私の怒りと悲しみを抑える手段だった。

 

お前の老後、お前はあれだけ殴ったんだ、だから面倒みないから、後悔しろ、って言ってやるって思っていた。

 

殴られながら、いつもそう思って、

 

将来、老いたお前を見て、ざまあみろ、っていうことばかり考えていた。

 

力では絶対勝てない、何か話したら余計なぐられる、泣いたらうるさいと言ってまた殴る。

 

ひっくひっくってなってもうるさいってまた殴る。

 

ひっくひっくってなるぐらい泣いたことがない人にはわからないと思うけど、

 

あれはもちろん止められるものではないし、泣きの最上級になるとああなるのだ。

 

父は母も兄もよく殴り、それでたまに母が警察や市役所に父のアル中や暴力のことを電話していたが、

 

父は母が病気だと言って精神科に入院させていた。

 

よく兄と二人でバスを2回乗り継いで母のお見舞いに行った。

 

それで、私は小学生の頃からお皿洗いや洗濯など、普通にやっていた。

 

料理は父が作っていた。

 

母に対して「お前は食うて寝るだけが芸や。このちんば。きちがい」

 

とよく暴言を吐いていた。

 

ずっと胸が痛かったがあの暴言、暴力を止める術はなかった。

 

父は昼間から飲みに行って、なかなか帰ってこない。

 

電話してきて、「ご飯買って帰るから」

 

と言っても帰ってこない日もある。

 

そんな時は近所の中華屋さんに出前を注文する。

 

で、飲みにって電話かかってきて、「ご飯買って帰るから」

 

と言って、なかなか帰ってこないからまた中華屋さんに電話で注文したら、

 

ご飯を買って帰ってきて、「ご飯買って帰るって言ったやないか」

 

と言って、ボコボコに家族みんなを殴り続ける。

 

で、よく言っていたのが、私の兄は跡継ぎで(働いてないし、何が跡継ぎやねんって感じだけど)

 

私は嫁に行くからと、兄ばかりおもちゃをアホほど買い与え、おこづかいも毎月あげ、

 

私にはたまに勝手に私好みじゃないものを機嫌のいい時に買ってくるのだが、

 

お店に行って好きなものを選ばせてくれることは兄が反抗期になるまで一度もなかった。

 

兄ばかりいろんなものを買い与えて、私は兄のおさがりも多かった。

 

ウルトラマンの水筒に折紙を貼って使った。

 

縦笛も学年が違えば白と茶色で全然違うから目立つ。

 

転校生じゃないのに転校生みたいだった。

 

登山の時も女の子はみんな赤なのに私は緑。

 

家庭科の裁縫道具も男の子用の柄で、しかも、デザインも入っているものも違うし、なくなっているものもある。

 

ほんと、嫌で嫌でしょうがなかった。

 

家で多大なストレスがあったけれど、どうしようもない。

 

母は逆に気を使ってあげないといけないし、

 

兄は物をたくさん与えられる代わりに成績が悪かったら金属バットで殴られて、

 

そのはけ口なのか、私は兄からもよく殴られた。

 

足で顔を蹴られて鼻血だしたり。

 

父は親戚にも悪口ばっかり、ご近所さんも悪口ばっかりで、

 

私は誰にも頼れる人がいなかった。

 

それでも、私は幼稚園の時にシンデレラのお話を聞いて、

 

ああやっていじめられても一生懸命生きていたら、きっと幸せになれる。

 

キャンディキャンディの漫画の本をぜんそくで入院した時に同じ部屋にいた子に貸してもらって読んで、

 

同じように境遇がよくなくて、いじめられて、いろんなつらいことがあっても、

 

明るく前向きに自分で道を切り開く姿に

 

ああやって生きたらいいんだって思って、

 

私は誰にも頼らす、誰にも愚痴や相談を言うことも一切なく生きた。

 


同じ年ごろの子は甘やかされているので、こんな苦しみなんてとうてい理解できないだろうし、

 

悲しみを聞いた人も悲しくなるだけで何もできないことはわかっている。

 

私はキャンディキャンディのように明るく生きた。

 

勉強も一生懸命した。

 

だって、こんな親だし、父と母が言い争いになって、

 

父は「離婚したら、俺はこうじ(兄)と暮らすから、お前はきょうこ(私)と暮らせ」

 

っていつも言っていたから、私は障がい者の母と生きていかなければならないかもと思っていたから、

 

一生懸命勉強しないと、自分の人生がどうなるかわからない、頼れる人はいない、自分だけ

 

って思っていたから、とにかく、真面目に、人に嫌われないように生きた。

 

それで、中学になった時、小学校時代の友達にバレーボール部に一緒に入ろうって強引に誘われて、

 

バレーボール部に入部した。

 

ほんとはテニスか卓球がしたかった。

 

けれど、熱烈にお願いされて、バレーボール部に入った。

 

すごく熱心な先生で、お休みなんてお盆と正月とテスト前ぐらいじゃなかったかな、

 

目も悪くて、見えてなかったし、運藤神経もないし、すごくへたくそだったけど、

 

すごく頑張った。

 

家が最悪だったから、夢中になれるものがあったのがよかったんだと思う。

 

その頃、兄はファミコンばっかりして、反抗期に入り、腕力もついてきて、父に殴られても殴り返すようになり、

 

父もだんだん兄に対して暴力を振るわなくなったし、兄が反抗期で、勉強もしなくなったから、

 

その頃から私にも優しくなった。

 

父も頼れるのは私しかいないと悟っていたから。

 

で、私はゲームとかしたかったけど、兄がゲームばかりして落ちていくのを見ていたから、

 

私は勉強とクラブを頑張った。

 

中学2年生の終り頃、コンタクトを買ってもらってから劇的にうまくなり、

 

やっとレギュラーになれたのに、腰を痛めてしまい、思うようにプレーができなくなった。

 

それでも、痛みをこらえ、コルセットをしながら頑張った。

 

けれど、もう、思うようなプレーはできなくなった。

 

でも、それでも、一生懸命頑張った。

 

で、ミスした時、「ごめん、次は上げます」って、笑顔で言った。

 

ミスしてもちろん一番自分がつらい。

 

けれど、そこで落ち込んでいたら、次のプレーに悪影響しかない。

 

だから、前向きになるために、笑顔でそう言っていた。

 

けれど、顧問の先生は、「ミスをして、何をヘラヘラ笑ってるんや」と攻めた。

 

それでも笑顔でい続ける私に、「お前は親が死んでも笑うのか」

 

と言った。

 

私の家庭環境なんて知らないくせに、と思いつつも私はやめなかった。

 

できないのだ。

 

私はどんなつらい時もつらい顔を絶対しなかった。

 

つらい時につらい顔をしてたら、どんどんつらくなるし、

 

人に心配されるのも悟らたくもなかった。

 

変に親切にされても困るのだ。

 

親切にされたとして、私には返せるものも何もないし。

 

 

私は小学校5年か6年生になって初めて

 

友達に連れて行ってもらい、

 

お年玉で文房具とかいろいろ買えるようになった。

 

私が働くまで唯一お年玉だけが私の収入源だった。

 

どこにどんなお店があるか、連れていってもらったことがないので知らなかった。

 

テレビも父が野球か相撲か将棋ぐらいしか見なかったので、

 

テレビも好きなものがあまり見れず、

 

友達の話題にあまりついていなかった。

 

その頃はみんな子供会に入っていて、

 

集団登校もその子供会同志で集まって登校するのが決まりだった。

 

けれど、私は子供会に入れてもらえなかったので、

 

集団登校ができず、一人で登校していた。

 

すると、門のところに係が立っていて、

 

集団登校しないと注意を受けた。

 

私は他の集団登校の後ろに紛れこんだりしていたけれど、

 

誰あれ?みたいに気づかれたりして、毎日毎日嫌な思いをした。

 

子供会費を払いたくない、役員とかやりたいくない、とかから子供会に入らせてもらえず、

 

子供会では女の子はみんなポートボールをして、

 

そんな話を学校でしていたけれど、私は全くそんな話はわけわからなかった。

 

それでも、勉強とクラブと真面目にし、人の悪口や愚痴も言わなかったし、

 

私はいろんな子から尊敬されたり、慕われたりした。

 

それで、私はキャンディキャンディのような人生をまっしぐらに歩んでいた。

 

高校になって、やっぱりテニス部に入りたかったのに、

 

中学時代にあこがれていた先輩にスカウトされて、またもバレーボール部に入部してしまった。

 

中学時代、その先輩は誰よりも動いて、ほんとにきれいなトスを上げていた。

 

元気に走り回る姿に私はとても憧れた。

 

生徒手帳にその先輩の載った市選抜のパンフレットの切り抜きを挟んでいたほどだ。

 

けれど、高校の顧問の先生はミスするな、が口癖で、

 

のびのびとプレーできなかった。

 

憧れていた元気だった先輩も、どうやったらいい?みたいな感じで苦悩が感じられるようになった。

 

その先輩だけじゃない、先輩も私たちもみんな。

 

ミスしないよう、アタックも思いっきり打たなくなった。

 

そして、またあの「ミスして笑うな」とまた言われるようになった。

 

腰痛もひどくなり、精神的にもミスするな、というプレッシャーでガチガチになって、

 

うまく体が動かなくなった。

 

バレーでミスして怒られる夢を10年以上見続けた。

 

で、家庭がこんな状態だから、短大とか行きたかったけど、

 

あきらめて就職しようと思った。

 

公務員の試験を受けたが、模擬試験ではA判定出ていたのに、

 

気づけば回答が一つずれていて、それが時間終わりかけだった。

 

いつからずれていたのかはわからないけど、結局不合格だった。

 

 

進学校だったから、就職する子もあまりなく、最初から就職の希望出していたら、

 

いいところに就職できたのに、公務員試験を受けてからだから、

 

もうみんな就職先が決まったあとで、

 

それでも、なんとか就職先を先生が見つけてくださった。

 

そこで私は正社員で4年働くことになるのだけれど、

 

パソコンも電卓も使ったことがない私は

 

1か月かけてする仕事を3週間で引き継ぎをして、

 

ほぼ独学でパソコンを覚え、毎月1億を超える物流経費を部門に振り分け、その明細を各部門長に配る仕事をし、

 

慣れた頃には派遣社員さんのお手伝いやあとで入ってきた後輩の指導をした。

 

その時に、自分のスキルを武器にいろんな会社で働いている派遣社員さんに憧れた。

 

私もスキルを武器にいろんな会社で働きたいと思った。

 

それで、その会社を辞め、派遣社員で働いた。

 

2つの派遣のお仕事を終え、その間に結婚と出産をした。

 

私は高校の時から働いていたので、700万円ぐらい貯めていた。

 

それを頭金にして、中古のマンションも購入した。

 

私の育った家庭が悲惨だったから、

 

私は温かい家庭を築くのがずっと夢だった。

 

独身の時は結婚は人生の墓場だって言ってた人がいたけれど、

 

私は私の理想とする家庭のため、お母さんというのは自分を犠牲にして家族のために生きるものと思っていたので、

 

ほんとに、自分のことはいつも後回して、子供たちを保育園に預けられる年になるまで、

 

全力で子育てをした。

 

トイレもいけないぐらい忙しい日々のなかで、

 

かわいい子供たちといるのがほんとに幸せだった。

 

毎日、「ママ、可愛い?」と聞いて、毎日、「ママ、かわいい」と言ってくれて、

 

ほんとにかわいい子供達と接して幸せだった。

 

で、住んでいる中古マンションも古くていつまで住めるかわからないから、

 

次にまた中古マンションに引っ越すためにお金を貯めようと思って、

 

子供達を保育園に入れてまた私は働きだした。

 

保育園に預けるために先に仕事先を見つけなくてはいけないので、

 

すぐに働けるような求人がいつも出ている飲食店でパートで働き出した。

 

ランチタイムの溜息をつくヒマもないぐらいのめまぐるしく忙しいところで働いた。

 

で、時給も安いのにこんなに目まぐるしく働かされる現実を知り、

 

早く1.5倍ほどの給料の派遣社員に戻ろうと、近くで派遣社員で募集しているところで働き始めた。

 

そこは、男性ばかりの職場で、パソコンもあまり使えこなせない方が多く、

 

私のスピードと正確さにみんな驚いていた。

 

で、年齢も高いセクハラ発言の多い男性に媚びることなく接していたら、

 

「派遣なんかいくらでもおる」

 

とか言って、私に対して不満そうだった。

 

で、ある日、これを12時までにやって、と絶対ムリな内容のものを言ってきた。

 

「12時までは無理です」

 

「12時までにやって」

 

「だから無理です」

 

「12時までにやって」

 

「責任持てません」

 

「責任持ってやって」

 

みたいなことを繰り返し、やれというので、とりあえずやったものの、

 

もちろんできるはずもなく、

 

「できませんでした」

 

といって返却し、それから怒りが内面を渦巻いて、そのまま外にお昼休憩に行ったけど、

 

私を怒らせるな、私を怒らせると恐いから

 

そう思いながら1時間経って帰ってきてももちろん怒りは収まらず、

 

それで、また話しかけてきたけど、怒りは収まらずで、

 

その殺気におののいたのが、それ依頼、そんな態度で接することはなくなった。

 

こっちは100%の力で仕事しとるねん。

 

そう、私にはうしろめたいものは何もない。

 

今ある状況で精一杯やってきた。

 

例え、一生懸命やってもやらなくても、給料は一緒だとしても、

 

派遣期間に限りがあって、どうせ5か月しか契約期間がなく、延長はないという契約だったとしても、

 

私は自分が自分に誇りを持つために、

 

自分しか頼れないので、自分を常に磨いてきたし、一生懸命生きてきた。

 

例え私より仕事もしないやつが偉そうに言ってきたとしても

 

私のほうが仕事真面目にちゃんとやってるという自負があれば

 

何を言われても怖くないのだ。

 

だし、そんな奴に何を言われても痛くもかゆくもないのだ。

 

で、そんななかで、私はこんな世の中と闘うかのごとく生きてきた。

 

派遣社員というのは、最初は専門職のみだった。

 

仕事のプロとして派遣されていた。

 

それが、だんだん人件費削減のための道具として扱われるようになってきた。

 

こんな世の中でも私は負けないと思ってやってきた。

 

天災と闘う虫けらのようなものだけれど。

 

で、そんな私にちゃんと接してくれたのがTさんだった。

 

Tさんは怒るとすごく恐いし、見た目も少し恐いけど、

 

でも、誰よりも優しく、誰よりも相手の気持ちに寄り添うことができる人だった。

 

そして、誰よりも責任感を持ち、誰よりも一番しっかり働いていた。

 

部下の細かいことまで気を配れる人だった。

 

ちょうど私がその会社で働いていた時、

 

「ハケンの品格」というドラマが放送されていて、

 

Tさんはその主人公の大前春子の大前をとって「大前きょうこ」

 

と呼ぶ時があった

 

ほんと、あれほど資格があったわけではないけど、

 

ほんと、主人公は私に似ていた(笑)

 

Tさんに任された仕事をこなすと、

 

「あ」って言うたら「お」が返ってくるなって言われたりした。

 

Tさんとはお互い信頼し合っていた。

 

私はこんな人が上司だったらな、とか、

 

こんな人がお父さんだったなら、とか、

 

すごく思っていた。

 

そして、Tさんのような人がこの日本を引っ張ってほしいって思っていた。

 

本人にもそうお伝えしました。

 

そして、それを私が支えたいとそうすごく思った。

 

で、派遣期間の5か月は過ぎて、

 

私のつくった資料で困ることがあってはいけないからと私はTさんにメールを教えた。

 

そして、時々、お互いを気遣うメールのやりとりをした。

 

今は音信不通となっているが、

 

Tさんが日本を引っ張っていってほしいという気持ちや

 

その下で働けたらという想いは一生変わらない。

 

 

私はまた別のところで派遣社員として働くことになった。

 

そこでも、私は信頼していただけた。

 

どこからそんな話になったのかはわからないけど、

 

私が選挙に立候補したら投票すると言われた。

 

私は一生懸命働いて、人の悪口を一切言わず生きてきたことで、

 

かなりの人に信頼され、愛され、大切にされてきた。

 

もちろん、私も約束は守り、人を大切にしてきたし。

 

それはもちろん私が頑張ってきたからで、まあ、当然といえば当然なんだけど、

 

私は私の描いた幸せに向かって生きていた。

 

すごくお金を節約して、いい暮らし、安心、安全な暮らしまっしぐらだと思っていた。

 

けれど、だんなさんのお父さんの借金をきっかけに、アレがやってきた。

 

アレの話は細かく書くのはやめておこう。

 

で、だんなさんと離婚をして、

 

病院で無理やり縛られたり、薬を飲まされた。

 

睡眠薬とかの説明がなく、知らない間に飲まされていた。

 

睡眠薬を飲むと眠れないというのはなくなるけれど、

 

眠りが浅いのか、眠った気にならず、朝が起きれない。

 

それがすごくしんどかった。

 

あと、生理も止まって、薬って怖いと思った。

 

それで、睡眠薬以外はすぐにやめられたけど、

 

睡眠薬だけはなかなかやめられず、すごく苦しかった。

 

母子家庭で2年過ごしたものの、父が頻繁に来るようになって、

 

それもかなり嫌だった。

 

けれど、何も知らない人に

 

「お父さんいて、よかったね」

 

とか言われ、もちろん言ってないからわからなくてそう言うんだけど、

 

そう言われるのが苦痛だった。

 

全然よくないんですけど

 

って言葉をその度に飲み込んだ。

 

で、何度も病院で拘束されるし、

 

働こうと思っても働きにくくなったし、

 

薬のせいで朝起きれなくてだるいし、

 

拘束されたトラウマ、

 

今度またいつ拘束されるかもしれないという恐怖が常にあり、

 

この先の将来もすごく不安で、

 

嫌いな父がたばこ吸わんっとってと言っても早朝から家でたばこ吸って煙たくて起きてしまうし、

 

また酔っぱらって昔の記憶が蘇ってくるし、

 

ほんと最悪だった。

 

父は最後の最後まで外に飲みに歩き、

 

私の家の鍵を失くしただの、

 

警察から電話がかかってきて酔っぱらって保護してますので迎えにきてくださいだの、

 

ほんとに最後の最後まであんなんだった。

 

それで、じっと座ることも難しい、みそ汁をつくろうと思って包丁を持つんだけど、

 

あれっ、みそ汁をつくるのもなんかしんどい、ってなって、

 

かわいい子供達がいるのに、目の前が真っ暗に思え、〇にたいと思うようになった。

 

それでも、かわいい子供達がいるから絶対できない、でも〇にたいとぐるぐるぐるぐる考えた。

 

あき、あんたが小学校2年生ぐらいの時、ママがぐるぐるぐるぐる考え込んでいた時、

 

「ママ、考え事せんといて」って泣いたことが何回かあったの、覚えてるかな?

 

あの時期、ママ、本気で〇のうと思ってた。

 

もちろん、その時、ほんまにいろいろ考えたよ。

 

今までうつ病の人ってさぼってるだけじゃないの?

 

なんで頑張れないの?

 

みたいに思ってたり、

 

心中のニュースを見て、なんで家族を巻き込むねんって理解できなかったけど、

 

残された家族のことを思ってのことだったんだなって理解できたり。

 

ママも残された子供達を悲しませるぐらいなら、いっそ一緒に〇んだほうがいいのか?

 

って一瞬間考えたけど、愛しい子供たちを例えどんなことがあろうとそんなことはできないって

 

すぐに思ったよ。

 

そんなこんなでそういった人たちのことも少しは寄り添うこともできるようになったよ。

 

実際その立場になってみないとわからないことだらけよ、世の中は。

 

推し量ることはある程度できたとしても、実際には本人にしかわからない。

 

そんなんな、わかりきってるよ。

 

それで、ほんとにしんどくて、〇ねないってなって、だんなさんに再婚してって言った。

 

だんなさんは私がフルタイムで働いて、家事も育児もみんなしてて、

 

トイレ行くことすらできないぐらいしんどかったのに、

 

ほどんど手伝うことなく、会社に行きっぱなしで、

 

休みの日はパチンコに行って、当たってるから保育園迎えに行かれへんとか言ったりして、

 

それで離婚して最初は清々したけど、

 

働いてお金いれてくれるだけで有難いってことに気づけた。

 

それで、やっとママはパパに感謝できるようになった。

 

それでも、しんどいのは続いた。

 

睡眠薬がやめれなくてほんとに苦しかった。

 

体はずっとだるくて、フローリングに寝そべって、

 

そんなママをパパはあれせえこれせえ言ってきて、

 

まだ寝そべっていたら、

 

「何が不満やねん」

 

と怒鳴ったりした。

 

「できへんかったらできへんからやってくださいって言えよ」って。

 

そら、お母さんが普通、料理、洗濯、家事はするもんやろうけど、

 

法律で決まっているわけでもなんでもない。

 

ママはフルタイムで働きながら、当たり前のように全部やってきたけど、

 

でも、今はできないもんはできないねん。

 

そんなママにパパはいつもイライラしていた。

 

で、ある日、子供たちと一緒にお笑いのテレビを観ていて、

 

それがすごく面白くて、めっちゃ笑ってたら、

 

「ママがこんなに笑ってるのん、初めて見た」

 

って言われた。

 

そう、あのすごくしんどかった時、ママはもう一生笑うことなんてないんじゃないかって思った。

 

で、今、笑えてるって思って嬉しかったのと同時に、

 

子供たちの記憶ではそんな姿のママしか記憶にないんだってショックだった。

 

で、ママは元々活発で、バレーボール頑張ってて、仕事もすごく頑張ってたんやでって言っても、

 

絶対ウソやって信じてくれへんかった。

 

それだけ、私もほんとにしんどかった時期が長かった。

 

それで、たまたまチラシにテニススクールのチラシが入ってて、半年間安く通えると記載があって、

 

子供の頃からやりたいと思ってたし、半年通ってラリーができるようになったらいいなと思って

 

パパに聞いたら、一緒にやってくれるってなって、一緒に通い始めたけど、

 

最初の頃はまだしんどくて、レッスン受けて元気になった時もあれば、

 

レッスン受けるのがしんどいと思う日もあった。

 

けれど、へたくそだったけど、やっぱり体を動かすこが好きだし、

 

テニスをしている間は夢中になれて、その間はぐるぐる考えることもなく、

 

こうしてだんだん徐々に元気になっていった。

 

あと、平行して、いろんな人の本を読んだり、講演会に行ったりした。

 

それで、考えの幅が広がったり、心がラクになる考え方を学んだ。

 

講演会にはいろんな悩みを抱えた人がいて、

 

いろんな話を聞くうちに、

 

みんないろんなことを抱えていることを知ったし、

 

人の悩みなんて千差万別ということも知った。

 

そして、ある人にアクセスバースというものを2回してもらって、

 

ママは睡眠薬をやめることができた。

 

それがほんとに大きくて、そこからママは激的に元気になっていった。

 

テニスで仲良くなった人もいて、

 

テニススクールはお金がかかるから、テニスコートを借りてみんなで練習すれば

 

お金もかからないから、サークルをつくった。

 

最初はみんなで楽しくしてたけど、ゴタゴタして一度解散して、再度新しくサークルをつくった。

 

中学、高校で腰を痛めて、ミスするな、笑うな、と言われ、

 

もっと楽しくやりたかったって思っていたのが、

 

テニスをして、ミスするな、みたいなのはもちろん言われないし、

 

バレーボールが中途半端に終わってしまったので、

 

子供の頃からやりたかったテニスでAクラス優勝したら、

 

こんなへたくそだった私でもうまくなれたら希望になるって思って、

 

それで、ママはAクラス優勝を目指した。

 

ほんと、もうすぐ目標が届きそうっていうところまでいって、

 

コロナがきて、セカイムラも楽しくて、テニスはお金かかるしやめたけど。

 

でも、ほんとにテニスは楽しかった。

 

テニスで遊んでるぐらいにしかあんたらは思ってないと思うけど、

 

テニスは人生の縮図だなって思ってたよ。

 

性格がプレーに出るし、ほんと紳士のスポーツだなって思う。

 

ママさ、アレになって、大切な友達と疎遠になって、すごくつらかった。

 

で、またそうやって仲良くしてくれる人がたくさんいて、嬉しかったし、

 

心の傷がだんだん癒えていったんよ。

 

コートとったり、ボール用意したり、ほんといろいろ大変だったけど、

 

やっと夢中になれる(嫌なことを忘れられる)ものができて、嬉しかったんよ。

 

で、その頃、あんたらは反抗期で、何言っても反抗的なことばかり言うし、

 

ゲームも時間決めても守らなかったりするし、

 

ママがピアノとか水泳とかやりたかったけど、やらせてもらえなかったから、

 

あんたらはやりたいことやらしてあげるってずっと言ってたけど何もないって言うし、

 

それでもスイミング習わせてあげたり、高い塾にも通わせてあげたやん。

 

過去に戻ってママ自分に通わせてあげたいくらいやったわ。

 

で、あんたらはゲーム禁止したら反抗するし、

 

あんたらの人生はあんたらが責任もってやりやって言って、

 

あまり干渉せえへんようになったやろ。

 

ママに怒られたことを責めたことがあって、じゃー、自己責任でやれって言って。

 

何もかもしてもらって、お金もかけて、それでそんな口の利き方されたら

 

誰でも腹立つわ。

 

で、ほっといたら、いつまでもゲームしたり、youtube観て笑ってたやん。

 

ママは今まで一生懸命頑張ってきて、家族のために頑張ってきたのに、

 

働いてきたのに、

 

テニスしたらあかんのか?

 

セカイムラは変なスピとか違うから。

 

食の大切さや日本の歴史、大切なことをわかりやすくみつろうさんは説明してくれてる。

 

それに集まってくる人達は食に気をつけたり、日用品もなるべく添加物のないものを選んでる。

 

畑で野菜を育てたり、田んぼで米を育てたり、

 

いつ何が起きても生きていける安全を得るため、

 

みんなで協力して野菜や米を育てたり、学んだりしてる。

 

あんな、今、日本がどんな状況かわかってるか?

 

いつまでも安心、安全な日本のままでいられるとは限らへんで。

 

生活保護って、そんな軽々しく受けれるものと違うで。

 

みんなどれだけ苦労して税金納めてると思ってるねん。

 

まだほとんど税金を納めてないうちからよう言えるわ。

 

障がいがあっても働いて税金納めてる人がアホほどいてるで。

 

全盲の人だって整体とかして働いたりしてるねんで。

 

精神的に苦しいとか、それはママも経験したことがあるからわかるよ。

 

けど、生活保護ってそんな簡単には受けられへんで。

 

受けることができたとしても、急に止められたりするねんで。

 

若いのになおさらやで。

 

それで一生ラクに暮らせるなんて考えが甘すぎるで。

 

そういったら、また傷つけられた、とか、トラウマやとか言うやろうけど、

 

そんなんな、自然界って弱肉強食の世界で、

 

まだその中でも人、その中でも日本はまだ思いやりがあるほうやで。

 

そりゃ、ママかって、この世の中、嫌なところはいっぱいあるよ。

 

そりゃ、誰だって権力やお金が欲しいだろうし、

 

もっともっとってなるよ。

 

あきだって、金持ちに生まれてたらきっとそうなってたと思うよ。

 

庶民の気持ちなんて考えることなしに。

 

だから、ママはそんな人生でなくてマジよかったと思ってるよ。

 

自分は豪華な暮らしして、搾取し続けて何も思わないような人間にならなくて済んでよかったと思ってる。

 

この世界に生きて、いっぱいつらかったことあるけど、

 

でも、その分、頑張ろうというエネルギーが出て頑張ってこれし、

 

自分がどう頑張って生きてきたかは自分が一番よく知ってるし、

 

どんなに苦しくても自分の心を汚すようなことは絶対してきてないし、

 

この世が全部ママだったら、ほんとに世界平和なのになって思う。

 

でもさ、「毎日が幸せだったら、毎日は幸せと言えるだろうか」っていう本もあるように、

 

暗闇を知るからこそ光がわかるんよ。

 

ママもこんな大変な人生でなかったら、ミスチルの音楽に共鳴してなかったよ。

 

ほんとにいつも一人で苦しみを抱えていて、

 

誰にも弱音吐けなくて、それでも頑張っているママの応援歌やったよ。

 

今は比較的幸せだから、ミスチルの音楽はただの音楽だけど、

 

ほんとにつらくてつらくてそれでも頑張っているときはいつも泣きながら聴いてたよ。

 

ママは強いから乗り越えられたんじゃない

 

こんなかわいそうな自分を助けてあげられるのは自分しかいなかったから

 

自分をいつも応援して、自分をいつも励まして、

 

自分が幸せになるように最大限努力してきたんよ。

 

 

あんたもしんどいことがたくさんあったやろうけど、

 

でも、目標を設定してそれに向かっていたら、

 

周りがどうであろうとそれに集中できるんよ。

 

それでも人は誰かに愛されたいし、認めてほしいし、

 

それがなかったらやっぱりしんどいよ。

 

だからこそ、人に愛され認めてもらうためにみんな頑張ってるんよ。

 

それが見せかけのものもあるけど。

 

そりゃ、ママみたいに何でもさらけ出して、何でも正直に言える人なんてごくわずかよ。

 

で、ママがそれができるのは、何度も言うけど、ママは今まで頑張ってきた自負があるからよ。

 

ママもさ、あんな家庭に生まれたことが実は恵まれていたってことは今になって思うよ。

 

だって、失うものなんてなから上しかないし、

 

誰にも頼れなかったから自立も早かったし、

 

すぐに殴られるから言葉も気をつけて使うようになったし、

 

最悪な家だったから、その他は何でも幸せに感じたし、

 

嫌いな人がいてもじいちゃんよりはマシやったし、

 

だから逆に恵まれていたと思う。

 

 

あんたらも決してどっちの意味でも恵まれてなかったかもしれへんけど、

 

でも、ママの愛や言葉を受け付けなかったのはあんたらやから。

 

例え意見が違っていても、ちゃんと話し合いできていたらこんな風にはならんかった。

 

けど、聞く耳持たないし、一切受付なかったやろ。

 

そんなんどうせえっちゅうねん。

 

ママもさ、こんな人間やけど、本気で世界平和になるにはって考えてるよ。

 

こんな世の中を変えたいって思ってるよ。

 

でさ、ほんとに本気で勇気持って行動している人いるよ。

 

ママはこんなんだけど、それでも世界平和はあきらめてないよ。

 

外見てんと、俺見てって思ってるやろうけど、

 

それやったら、ちゃんと話聞いてって言えばええやん。

 

話、聞いたったやん。

 

ママの生年月日調べてくれて、あの時、あきと通じたってママ思ってたよ。

 

ママと一緒に働いたら考慮したるやん。

 

人と接するのんが嫌なんも考慮するって最初から言ってるやん。

 

ほんまに嫌やったら、何か作品つくって売ってもらえばええやん。

 

あんた一人が考えるり、ママと一緒に考えるほうが答えの種類はかなり増えるで。

 

 

一人で閉じこもってぐるぐる考えるだけでは人は生きていけないで。

 

あんたの人生、人が一生懸命納めた税金で細々と生きていくだけで満足なんか?

 

しかも、それで一生安泰とも限らへんで。

 

薬は石油から作られてるねん。

 

病院は治すよりもまた来てもらうほうが儲かるねん。

 

ママは薬で苦しんだんや。

 

あんたにも同じように苦しんでほしくなくて言ってるんや。

 

ママの話が信用できないなら、この動画全部見て。

 

誰だって100%完璧な人間なんていない。

 

自分は映画つくらない、つくれないくせに、偉そうにもっとこうしたほうがいいとか語る評論家のようになってほしくないなと思う。

 

それは、阪神の試合見てなんで打たへんねんと愚痴ってるパパと同じ。

 

プレーしなかったら、失敗なんかせえへんし、人のことやいやい言って優越感に浸れるよ。

 

でもそれってはたからみてどう?

 

ママはこんな世の中でも、一生懸命頑張っている人にたくさん勇気と元気をもらってきた。

 

人間なんてみんな不完全でそりゃ多少は嫌なことあるだろうけど、

 

自分が人に愛されるような生き方をしていたらいいだけだし、

 

自分と合わない人に無理に合わす必要もない。

 

ママは自分が大切にしたい人を大切にしてきたし

 

(かといって、別に合わない人とわざわざ対立もしなくてよい。

 

けれど、大切なものを守るためならきちんと対処するのも大切)

 

自分が信頼してもらえるような行動もしてきた。

 

あんたらにしたらママが苦しかった時の思い出しかないかもしれないけど、

 

ママは苦しみながらもずっと頑張ってきた。

 

で、あんたはママと一緒にせんとってくれ、

 

ママとは違う

 

俺の気持ちわかってくれって思うだろうけど、

 

先にママの気持もわかろうとしてくれって思う。

 

ママはあんたの気持ちをわかろうとしてないんじゃない

 

あんたが人と接するのが怖いみたいな話した時、

 

ちゃんと寄り添ってなかったか?

 

深く聞こうとしたけど話してくれなかったり、

 

ブログ教えてって言ったけど、教えてくれず、

 

ちゃんと深くまで話してくれなかったんはあんたやからな。

 

そら、ママかって言いたいことはあるよ。

 

あんたらはママが遊んでる風にしか見えてなかったやろうけど、

 

必死で自分を取り戻す作業して、

 

そして、今まで自分が知らなかった生きる力を学びに行ってたんや。

 

で、今、やっと少しは理想に近づいた生活してるけど、

 

そりゃー、まだまだいろんな葛藤あるよ。

 

自分の思い通りにはもちろんいかんよ。

 

でも、そんななかでみんな頑張ってるよ。

 

搾取されてるの、わかってるけど、家族のため、自分のために

 

必死で生きてるよ。

 

だから働けって強くいうつもりはないけど、

 

人が苦手なら人に会わずにできる仕事はある。

 

日本では職業の選択は自由で種類もたくさんある。

 

なのに、自分のことで頭がいっぱいで、

 

ママからしたら、そらあんたはママの子やからしんどい時は助けてあげたいけど、

 

それはそこまでや。

 

ママは世のため人のため自分を犠牲にしてでも頑張っている人を心から応援したい。

 

じいちゃんは大嫌いでもママしか頼る人あらんからかわいそうやから助けてあげてた。

 

でも、ほんまに大切な人はほんまに大切にしたい。

 

それは血縁関係よりもその人の想いや行動で

 

本気で応援したいと思う。

 

ママやパパが必死で働くのは当たり前で、

 

ご飯用意してくれるのは当たり前で、

 

高い塾に行くのも当たり前で、

 

それで何か言われのが嫌で、

 

youtube観て笑ってる息子より、

 

命懸けて必死で頑張っている人を応援したいよ。

 

でも、じいちゃんと一緒で、ママしか頼る人おらへんから

 

ママはちゃんと面倒みたるよ。

 

あれだけ嫌いなじいちゃんでもちゃんと面倒みてあげてたん、知ってるやろ。

 

見て見ぬふりしてたと思うけど。

 

あれだけ子供の頃殴られてお前の面倒はみないと誓っても

 

頼れる人おらんかったら面倒みんとしゃあないやん、人間としてな。

 

だから、もちろんあんたらが何かあったら全力で面倒みるよ。

 

でも、一生懸命したけどあかんかったのと、

 

人がこうした、ああしてくれへんかった、って

 

人のせいばかりして自分の努力を怠ってあかんのとは

 

そらママかって普通に心があるから

 

はぁ・・・ってなるわ。

 

あれだけ頑張って育ててこれかってなるわ。

 

そりゃ、人のお母さんと比べたら劣ってるところも多々あるのはわかってるよ。

 

けれど、毎日毎日、洗濯して、仕事して、ご飯つくってって

 

当たり前のように頑張ってたんよ。

 

あんたが小さい時、「ママ、いつもご飯つくってくれてありがとう」って

 

言ってくれて、金メダルつくってくれて、お手紙書いてくれて、

 

ママはほんまにあんたら大好きやったのに、

 

ママが苦しんでいる間に反抗期になって、

 

ほんま悲しかったわ。

 

それでもな、あんたらは優しい子やし、

 

それでもママのこと見てきたから全部じゃなくてもママのこと少しはわかってくれてると思う。

 

ママかってあんたらのこと全部じゃなくても少しはわかってると思う。

 

ママはあきがちゃんと自分の足で歩ける力があると信じてるからあえてママの本音を書く。

 

あんたが本音を伝えてくれたからそのお返しを心を込めて書く。

 

厳しいように受け取るかもしれないし、

 

わかってくれないと思うかもしれない。

 

それはあんたが狭い世界の中で生きているからや。

 

世界はほんとに広い。

 

そして、そんなこと言ってる余裕すらなくなる日がくるかもしれない。

 

 

だから、ママは何があっても生きていけるように野菜育てたりしてる。

 

人に裏切られて山で1年半暮らした人がいるように、

 

人間は窮地に立たさると強い。

 

ママが必死で育てた命をどう使うかはあき次第。

 

あんたの人生やから好きにしたらいい。

 

パパは知らんけど、

 

もし、ママが年老いても、ママの面倒はみなくていい。

 

病院に入れられたり、誰かがつらい思いをしてまで生きたいとも思わない。

 

あんたがつらい時は全力で助けてあげたいとも思う。

 

けど、何しても逆恨みされるようじゃ、ママもつらい。

 

あんたの長文読んでママ、全然寝られへんかった。

 

ママは強いんじゃない、打たれて、泣いて、立ち上がってを繰り返しているだけ。

 

七転び八起きどころの騒ぎじゃないで。

 

そして、ママもこれでもナイーブな人間や。

 

ママのしたことによって誰かが傷ついたらつらいよ、そりゃ。

 

まして、息子にそう思われてたなら。

 

でもな、ママはあんたにいろいろアドバイスしたったけど、

 

聴く耳持たなかったんは、あんたやからな。

 

自分の世界に閉じこもるんじゃなく、

 

つらくても這い上がってきた人の本読んでみ。

 

そこにヒントがたくさん詰まってるから。

 

 

これはママの愛情やけど、もし、そう伝わらないかもしれない。

 

あんたがママを拒否するのも自由やから。

 

それでも、ママはいつでもあんたが何かあったら助けるよ、当たり前やん。

 

けどな、共倒れになる可能性があるってことは理解しといて。

 

 

 

そして、ママの言葉を受け入れることができないかもなので、この動画、たくさんあるけど、観てみて。

 

もちろん、100%鵜呑みにしなくてよい。

 

自分のことと思わず、客観視して聞いてみて。

 

ママ、この人の言ってること、だいたい納得してるけど、

 

でも、すごく嫌いな面もある。

 

 

人ってそんなもんやん。

 

理想と現実に苦しんでるよ、誰でも。

 

だから、ママの話もなんとなく聞いていたらいい。

 

もし、あんたが父親になったらわかることもあるだろうけど。

 

 

まあ。ママの人生は特殊やから、

 

まだ全部理解しなくていい。

 

 

ここまで読んでくれてありがとう。

 

ママもな。ほんとはあんたらと楽しく過ごしたかったよ。

 

卓球とテニス一緒にできて楽しかったよ。

 

そんなん言いながらもあんたらはええ子やってわかってるよ。

 

わからんやろうけど、でもわかってくれてると思うわ。

 

ママの子やから。

 

そしてな、事実と真実は違うねん。

 

同じ出来事が起きても、その捉え方は無数にあるねん。

 

だから、例えばボランティアをしたとして、

 

ほんとに善意でしたとしても、

 

売名行為だと捉える人もいるわけで、

 

どんな想いで行動したかなんて

 

ほんとの深層心理はわからないもの。

 

本人すらわかってない時もあるし。

 

そら、人間だからパパが大好きな時もあれば腹立つ時もあるよ。

 

人の心なんてグラデーションもあるし、背景や環境もいろいろある。

 

人にこうしてほしいと望む前に

 

どんなことがあっても突き進む目標を持ってやってみたらいい。

 

承認欲求が強くて、そのままじゃ、誰からも必要とされず愛されない人生になるで。

 

それでいいんか?

 

自分の幸せは他の誰でもない自分でつくるもんやで。

 

自分のしたことが自分に返ってきてるだけ。

 

いやいや、俺、人をいじめてなんかないとか思うやろうけど、

 

人にいじめられてそれでつらい想いをしたなら

 

いじめられない社会はどうしたらいいんやって考えて

 

先生になったり政治家なったり心理カウンセラーになったりyoutuberになったり

 

そうやってトラウマを解消してる人もいる。

 

何かあっていやいやと言ってるだけじゃなく、それに立ち向かい解消する力があんたにはあると思うから

 

あえてこう書いておく。

 

ママだからできるんじゃない、本気でやろうとするからできるんだ。

 

孤独で生きる世界がいいならそれでいい。

 

けれど、この世はみんながつらい想いをしながらも頑張って働いているから成り立っている

 

ということをしっかり認識すること。

 

そして、薬は石油製品だということも認識しておくこと。

 

単なる対症療法にしかすぎず、必ず副作用があること。

 

病院は治すことよりも儲けることのほうが大事であること。(全部が全部とは言わないが)

 

この世は良くもないけど悪くもない。

 

人も同じ。

 

そんななかで自分がどう生きるか

 

ただそれだけ。

 

頭の中で考えるだけでは意味がない。

 

それをどう活かすかは自分次第。

 

周りに優しくされたいと思うならどうやったら優しくしてもらえるか考えたらいい。

 

同情してほしいのか尊敬してほしいのか信頼してほしいのか愛されたいのか

 

自分の内面をしっかり見つめ、自分がこれからどう生きていくか

 

しっかり考えたらいい。

 

あんたが生きるためにどれだけの命を食べているか

 

命をいただいている有り難さ

 

そこから認識すること

 

そして、あなたが生きるために見えないところでどれだけの人が頑張って働いてるか

 

それを想い感謝すること

 

ママに感謝なんてしなくていいから

 

自分が生かされていることに感謝し、

 

自分を大切にするために何をしたらいいか考えたらいい

 

親を選んで生まれてくるとよくいうけれど

 

縁があってあんたが生まれてきた。

 

その意味をしっかり見つめたらいい。

 

【追記】

 

あと、あきに渡したお金はパパは一切関係ないから。

ママが貯金したお金とじいちゃんのお金。

じいちゃんのお金はじいちゃんのタバコのせいで喘息になったママの公害年金やママが結婚するまで毎月5万渡したお金、何千万ってあるから。

それをママにほとんど使わんと酒とたばこに使ってたけどな。

あのお金の想いもあんたは知らんやろうけど。

ママは大学行きたかったけど、行かれへんかったのに、高いお金払って塾に行かせてあげて、

 

勉強もせんと毎日ヘラヘラ動画みて笑ってたことに大金使ったこと、その大金はどのお金かは知っといて。


あんたに歯の矯正させてあげたけど、ママは子供の頃から歯並びがずっとコンプレックスで、

 

でもママには大金使われへんけど、あんたには使えたよ。

て、ママはテニスしたらあかんのか?

高校卒業して、なんやかんやとずっと働いてきたのに?

ママ、たぶん3000万ぐらい稼いでるで。

でも、歯の矯正しようと自分に使えたのはあんたらが自立してからやで。

 

パパに感謝してるみたいやけど、パパが払ったんとちゃうからな。

 

ママはしんどい時でも働いとったよ。

 

転職は繰り返してたけどな。

 

今度、給料明細見てみて。

 

あと、職業訓練行ったり、施術の研修受けたり、

 

いろいろしてたで。

 

事務の仕事は肩凝るし、目は疲れるし、

 

もっと直接人に喜んでもらえる仕事したかったし、

 

何かあった時に施術してあげれたらいいなって思って。

 

ずっと同じ仕事しないで転々としてたけど、

 

それでも一生懸命働いて世の中を学んだよ。

 

いろんな会社の裏側もみてきたし、

 

いろんな人と関わってきた。

 

実社会をいろいろ実際見てきたよ。

 

だから、あんたらにいろいろアドバイスしてあげたけど、

 

ほとんど聞かなかったし、

 

ママの言うことを聞かないんやったら、

 

この本読んだらいいって渡した本も読まなかった。

 

いろんな人の参考にしたらええねん。

 

同じようにせえって言ってるんじゃないやん、

 

何かヒントになったらええなって思って渡してるんやん。

 

何でもとりあえずやってみたらええねん。

 

若いうちやで、何でもトライできるのは。

 

とにかく、これだけでも見てみて(全部が全部そうと思わないけど、客観的に見る必要がるため)

 

 

【消される前に見てください。】最初の1粒を、飲んではイケナイ。

 

 

【病気になる人の思考性は?逆に好転するのはこんな人】内海聡ドキュメンタリー『内なる海を見つめて』#うつみん #内海聡 #真弓定夫

 

 

【氣と精神】第一回総論 動画初公開!!!『精神構造分析法』に関する内容をシリーズで公開します。氣の概念、それにつながる精神を考え、安定そして向上させることで健康やパフォーマンスの向上につなげる。

 

【氣と精神】第二回は五行と経絡。人間の体に14ある経絡すべてに氣と精神が巡って循環していることがいい状態♪氣の概念、それにつながる精神を考え、安定、向上させることで健康やパフォーマンスの向上につなげる

 

【氣と精神】第三回は五臓と精神。東洋医学として臓器と精神性がどういう関係なのか?五行論と五臓について、五臓と感情の関係についてなどお話します♪体づくりや病気にとても関係してくる内容になってます♪

 

【氣と精神】第四回は陰極陽。病気などの問題の解決に必要な精神性を考えたいと思います♪「陰極まれば陽となる」とは、自分のことを心の底からカスだと思わないと病気が良くならないということを説明しています♪

 

【氣と精神】第五回は量子医学の基本。オカルトと言われがちですが、量子医学は量子力学と呼ばれる物理学の考え方を応用した考え方です♪目に見えるものだけでは説明できない様々なものが再現性をもって説明可能に♪

 

【氣と精神】第六回深層心理の考え方。自分でも自覚できない深層心理。深層心理とは本音のことではなく、行動と結果から推測していく無意識の領域♪治らない人には絶対に治りたくない強い意志があります♪

 

【氣と精神】第七回家系と陰陽。精神構造分析で家族関係はとても大事になります♪今回はその第一歩です♪精神面のことを考えるときに隠れている深層心理と家族が陥っている状態を考えると色々闇が見えてくる♪

 

【氣と精神】第八回は全人類アダルトチルドレン理論。誰もがみんなアダルトチルドレンの要素を深く持っている。病気の人はこの要素が病気を作っているようなそういうイメージで捉える必要があります♪

 

【氣と精神】第九回はトラウマとジレンマ。ジレンマ表を書き心の裏を考え、ジレンマの考察を繰り返す♪人間は究極的に言うと子どもの頃の満たされていない承認欲求を満たすがために生きていて、動いている♪

 

【氣と精神】第十回は言語医学とメタファー。「言語医学」はうつみんの造語ですが、要素に対して、隠れた精神性、隠れた状態を連想して意味を考えることが大事♪病気にもそれぞれの精神性があります♪

 

【氣と精神】第11回は反動・反発の法則。反動・反発は自我を守るために働く防御反応なので消すことはできません♪消そうとせず自覚して方向性を変えて行動することが大事♪病気が治るときは原因に向き合うとき♪

 

【氣と精神】第12回は被害者意識。人類の全てが被害者意識の虜で、その被害者意識に取り込まれているということを自覚できない。病や問題は自分自身が作ったもの、という考えの対極に位置するのが被害者意識です♪

 

【氣と精神】第13回は転写行為とは?転写行為とは、例えば父母や夫婦関係で拒絶していたものと同じようなことをしてしまう精神性♪幼少期の深層心理から封印してしまう行為。まず自身の転写行為を自覚する♪

 

【氣と精神】第14回は精製と依存の心の法則♪精製と依存は非常に密接に関係している♪依存は消すのではなく、自覚してブレーキを踏む、目的設定を大きくして自分を進めていき自分をそこに依存させていこう♪

 

続きはまだまだあるけど、気になるなら観てみて。

 

【深田萌絵・神谷宋幣】覚悟して聞いてください...恐ろしいことが起きています.... この二人実は話が合うんです。

 

【深田萌絵・神谷宋幣】※大至急見てください…トンデモない事態になってます…この2人熱すぎる

 

この社会を変えようと頑張ってくれている方もいる。

 

そして、いつまでも日本が平和なままでいられるとは限らない。

 

だから、自分で食べ物を育て始めた人もいる。

 

どんなことがあっても生きていくために。

 

ママだってこんな世の中だけど、決してあきらめたわけじゃない。

 

命尽きて魂だけになっても

 

平和への願いは消えずどこかであり続けると思っている。

 

まだまだわからないことが多い世界だけど、

 

せっかく与えられた命を後悔のないように使ってほしい。

 

 

自分の狭い世界に飛び出して

 

見たくもない世界だと思うことも多々あると思うけど、

 

暗闇の中でも光はある。

 

いや、暗闇だからこそ光がわかる。

 

今、まだ生きる選択肢はたくさんある。

 

人生、長いようで短い。

 

あっという間に歳だけとってしまう。

 

何もできない、何もわからないおじさんになってしまう。

 

ママが守ってあげるから、ほんとにしんどくなった時は連絡くれたらいい。

 

どんなあんたであろうと受け止めるよ。

 

あんたの弟も優しい子だよ。

 

うちの家族はみんな優しいよ。

 

いっぱい書いたから、まずは頭と心を整理して、

 

それからゆっくり考えればいい。

 

自立したいのか、依存して生きていきたいのか。

 

自由に選択したらいい。

 

自由ということは自分で責任を持ってということ。

 

依存するなら自由が小さくなる

 

 

自分を信じて。

 

応援してるよ。