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ツイッターで見かけたつぶやきからの展開


 

 

コロナ下が続く中で、マスク論議が無くならないです…


ちゃんと状況を見えてる人もいれば、もう極端にマスク不要が正しい!とか、マスク着用が正しい!とかにとっても片寄ってる方も少なくなくて…


この極端さの構図が争いを生んだり、世界から戦争が消えない要因なんだよな…って感じる。


真実はひとつ


でも、こういうのは真実とは違って白黒を明確にはできないのも事実じゃないかな?


コロナは危険な未知の病原菌か、単なる風邪か?の論点より、コロナにかかりたいか否か?で考えるとわかりやすくならないかな。



まずは政府や世の中が強制的に物事を進めてるのが諸悪の根源!

任意だとしながらも、ワクチン接種をあらゆる手段で実施させようとしてるから、国民が迷う…


今だってコマーシャル流してる政府。企業も、無言の圧力かけてるから、働くために接種受けてる人は少なくない…


政府は、マスク着用も外出制限も営業制限も、線引きが不確かな基準で理不尽な指示を出したから。

飲食店は規制し、ストアは無規制とか。映画館やカラオケ店は規制し、電車やバスは 無規制とか。


むしろ、凶悪なウイルスであるならば、中国みたいな徹底した対策しなきゃいけなかったはず。



マスク不要を強く訴える人は、そんな矛盾した規制に耐えてきて、ようやく声を上げてきたんだよね。

だから、つい強く言いたくなったり、責めたりしたくなる…




ここいらから、 私の考えを。


ツイッターのコメントの中にも同意見の方がいらっしゃいます。


まず、コロナにはかかりたくない!かかれない!という人がいます。

マスク着用は、移されない為でも移さない為でも必要です。

自分だけの都合ではなく、相手の為でもある。


マスク着用は自由ではあるんだけど、それを義務づけしてるお店では着用しないとね。


マスク着用してる相手に対して、マスクなしで話しかけるのもいかがかと。

それは自由じゃないよね?


マスク付けてないとヒソヒソ話されてむかつくでしょうが、マスク自由に自信を持って胸を張っていれば気にしない気にしない。

マスク自由を知らない、理解できない親子なんだと、さげすめばいいから。



そこで声かけても、あとからそのご家庭でマスクしてない異常なお姉さんが話しかけてこられて怖かった…!もう、買い物に行けない…って話題にされるだけだから。単に異常者の記憶として残るのっていやじゃ無い?


マスク着用は個人判断で自由なんだから、人が着用していてもしてなくても、気にしない!



そう いう私ですが気になる光景もありまして…。一人で運転しているドライバーさんや外で畑仕事してる方がマスク着用してるのは、ちょっと笑ってしまいます…


たしかに、ウイルスはそこら中に漂ってはいる んだけど、そこまで徹底したマスク着用は、さすがにストレス感じるよな…って。

家の中や寝る時までマスクなのかな?

その反動も、生まれてきそう…






しかし、なんだか日本人もギスギスしてきましたね…

食べ物のせいなのか、添加物?社会の構造?豊かさ?

土地開発で森や畑が無くなり、公園から遊具がなくなり、公園自体も消え、子どもたちの声も消えていく…


 パワハラだなんだと、叱る大人がいなくなり、そんな環境で育っしまった大人が社会に出ている…


マスク着用でギスギス

防衛論議でギスギス

子育てでギスギス

職場でギスギス

学校でギスギス

人間関係でギスギス




心豊かな時代

安全安心な平和

思いやりのある日本人


失いたくないね…