TwitterのTimelineで、第一報を知ったとき
我が目を疑いました。
白日のもとに晒された京都府八幡市の事件。
長年フォローしている方が
繋がりがあったようで
現場に乗り込み、僅かに生き残った犬たちを
レスキューする様子を報告されていました。
「神」と呼ばれていたという この人物を
私は知りません。
私は Twitter や ameblo、ネットニュースを
閲覧しただけの部外者です。
ですが、これは『動物保護ボランティアの崩壊』ではないと思います。
悪意に満ちた『犬猫の大量虐殺事件』だと
私は思っています。
この人が、最初から犬猫を大事に思い
「ボランティア」なる活動を続けてきたとは
到底思えないのです。
信じた飼い主に捨てられ
センターに収容され
変態たちから虐待され
繁殖屋で、ボロ雑巾のようになるまで
仔犬を産まされ続け
やっと やっと
不遇な犬猫たちの幸せを願う
人のもとに辿り着き
やっと やっと
幸せになれるはずだったのに
「動物保護ボランティア」を標榜する
たくさんの人が 寄ってたかって
関わった人は、たくさんいたはずなのに
連れてこられた場所が
生きて 出ることのできない
悪魔の館だったなんて
犬たちは 猫たちは
どうすれば よかったのですか?
時に人は、感情に身を任せて暴走すると
あまり良いことはありません。
ともすれば、事の本質を見失ってしまうかも知れない。
それでも、感情を抜きにしては、何の行動も起こせません。
行くあてのない犬猫たちを
救いたいと願う気持ち
理屈ではなく
出会った小さな命を
幸せにしたいと思う気持ち
それはきっと
動物を愛する人が皆 同じ思いで
それぞれの 身の丈で
それぞれの やり方で
それぞれの 場所で
小さな命と 真摯に向き合っている
今回の件で 苦しんでいる方も
たくさん いらっしゃると思います。
でも 贖罪の気持ちがあるならば尚更のこと
『 小さな命を守りたい 』という
想いと志だけは 失わないで欲しい
いつも その気持ちを忘れなければ
邪な変質者を あぶり出すチカラにも
繋がると思うから
あまりに多くの命が犠牲になり
気付くのが あまりにも遅すぎたけれど
事件が発覚したことで
これ以上の命が 犠牲になる事態は
くい止められました。
今回、現場に突撃してくださった方々が いなければ
発覚するには もっともっと時間が掛かったでしょう
いろんな 思いが交錯して
いろんな 意見があるけれど
凄惨な現場の画像が
すべてを 物語っている
あの家の中で
たくさんの 小さな命が
情け容赦ない手段で
奪われてしまった
もがき 苦しみ 息絶えた
無辜の魂に 向けて
人として つぐない尽くせる術も
見つかりません
なくした いのちは
もう二度と 還らない