今日は息子の誕生日です。
やっと二十歳になりました♪

思い返せば
息子を妊娠し出産したのは
私が生まれ育った地とは 遠くはなれた大阪でした。

親も親戚も近くにいない状況。
そんな中での出産は
喜びも大きかったけれど 不安もありました。

最初の陣痛が始まったのは
予定日の1日後のことで
昼間に お腹が張り始め 
「あ 来たかな?」と 思ったものの
それはすぐに止まり・・・・。

止まった陣痛を復活させるべく
無理はしない程度にマンションの階段を登ったり下ったりを繰り返してたなあ。

その日の夜に本格的な陣痛が始まり すぐさま病院へ。
けれども なかなか生まれない息子。
夜を超え 朝から昼間になっても 一向に開かない子宮口。

初めて経験する激しい陣痛の痛みに
「このままではお母さんの体力が持ちません。
笑気ガスを使用します。万一の時には帝王切開になります」
と 説明を受けました。



笑気ガスの経験は 以前 歯医者で使ったことがあったのですが
そのときには そんなに効き目があったように思わなかったのに
陣痛で疲れ果てていたからでしょうか
ガスを吸引したとたんに 爆睡www

その間いろんな夢を見ていましたね~。

結局 人口破水をさせてすぐに子宮口が全開大になったので
先生に お姫様抱っこされながら分娩台へ♪
そのとき 私は夢と現実の区別がついておらず
先生に抱っこされながら
「ここは歯医者さん?」と 意味不明なことを言ってたww

頭の中で 笑気ガス=歯医者というイメージがあったからでしょうか^^;

20時間以上の陣痛。
結局 へその緒が 肩にたすきがけになっていたせいで
子供が下りてこれなかったから
なかなか 子宮口が開かなかったらしいです。

分娩台に乗って イキんでいいと言われるまでの我慢がつらかったあーー^^;
もう ぎりぎり出そうなのを 無理に止めるんだものねw

「はい イキんでいいですよー」と言われたときのほっとしたこと。

陣痛の波にあわせてイキんだ時に
初めて理解しました。

ああー この陣痛の痛みがないと産めないんだ。
収縮を繰り返す子宮の助けがないと
イキんでも 生まれないんだな。

うんうん唸りながら 私はそんなことを考えていました。

そして 分娩台に乗ってから15分後
やっと男の子を出産♪
すぐに会えるのかと思ったら 
息子は産湯に入れられ 産着を着せられて
それから私の腕にやってきました。

初めて息子の顔をみた瞬間のことは 今でもはっきり覚えています。
「ああ・・・君がいたのか~^^」
それが 私の最初の言葉。
当たり前だけど ”初めまして” の状態だから
こんな顔してたんな~って思った。




勉強なんて出来なくてもいい 健康で五体満足であればいい。
生まれる前までは そう思っていても
親はどうしても期待を込めてしまう。

いっぱい色んな喧嘩もしたし
悲しい思いをさせたことも。
私の息子だから頭の悪いのはわかってたけど
本気で勉強の成績が悪いと やっぱりガッカリしたりw




昨日 日本年金機構から封書が届いて
それを息子に渡しながら
「明日からは あなたは大人として生きていくのだから
ちゃんと国民の義務を果たさなければいけないのよ」と言いました。

私に似て 怠け者で 面倒くさがりで 掃除も片付けも大嫌いな息子です。
悪いところを数え上げれば キリがないけど・・・

でも あんなに性格のいい子はきっといない♪
親を大切にしてくれるし
こんなダメダメなママを 一回も責めないでいてくれた。

だめなところ 悪いところを数えるのではなく
いいところ すばらしいところを
これからもずっと見ていきたい。

いつかは彼も 独立して 家を出て行くかもしれません。
そのうち 可愛いお嫁さんをもらって
新しい家族を作っていくかもしれません。

私たち夫婦は おじいちゃん おばあちゃんになって
孫の世話に一喜一憂しているかもしれない。




息子へ。

ママのところへ 生まれてくれて 本当にありがとう!
あなたじゃなければ
こんな幸せは きっと味わうことが出来ませんでした。
あなたじゃなければ
私の人生は きっとモノクロの世界だったことでしょう。
あなたじゃなければ
私は 私じゃなかったかもしれません。

これからも 健康で その真っ直ぐな性格のまま
自分の人生を精一杯生きていってください。

二十歳になった息子へ

親にならせてくれて 本当にありがとう☆


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