とつぜんですが、
ふだんあなたは何を履いていますか?

そしてそれを、
どう感じているでしょうか。



今日は足裏から感じたことのお話を。



今年に入ってから、
マンサンダルという履物が、
生活の一部になりました☟
https://www.mansandals.net/

 

3月のおわりにつくって、
最初は今まで通りの靴を履く日のほうが
多かったけど、
気づけばほぼ100%マンサンダル生活に。

裸足の通過点としてのサンダルなので、
毎朝裸足でお散歩するのも習慣になりました。


早起きの辛さを凌駕するほど、
きもちいい~!!んですよね^^





そんな生活になって、もうすぐ半年。

先日雨がつづいている中で
遠出する機会があったから、

”サンダル、すべるかもなあ”

そう思って、スニーカーで出た日が
あったんですよね。

前に雨ですべってこわかったから。




で、家を出てバス停に向かう
ほんの数分のスニーカーでの徒歩の間に、

「あれ?」

っていう感じがしたんです。




「あれ・・?

ソールで遮断されて、
足が地面をつかめない気がする・・
スニーカーは安心って思っていたはずなのに
なんかこっちのほうがこわい・・?」

 



この初めての感覚が新鮮で、
何だか知らないけどこの感覚の変化を

記録しておきたいって思いました。







そこで私が感じたのは、
自分の意識の変化でした。


いままではどこか、
「守られているから、安心」


そんな感覚があったのだと思います。




それは、
たとえば瓦礫やガラスなど
落ちていたら危ないものから
自分の足を守るっていう
物理的な安心についてもあるけれど、


夫に守られているから安心みたいな、
だれかに寄りかかるような気持ちや、


自分から何かをきっかけに
湧きあがってくる、
「不安」とか「怖い」とか
そういう感覚に目をそむけたくなるような
気持ちだったり。



要は、自分が
「危険」って判断するようなことから
自分を守りたい、

そういう感覚を
安心って感じていたかもしれないなと。






でもその日、
足裏が地面をつかめない、

(足を保護するはずの靴が、
足の動きを制限してるな)

って気づいたとき、



「ああ、わたしの身体はもう、
靴というカバーは必要じゃないと
言ってるんだ。



カバーがある、
危険や衝撃から守られるという安心よりも、

裸の状態で、
感じていきたいし、
つかんでいきたいし、
進んでいきたいんだ

そうやってぜんぶあるものを感じて、
全部引き受けることが、
今のわたしにとっての安心なんだな・・」



そんな感覚が、

何かぶわっと足元から湧き上がってくるのを
感じたんです。





これまでの私は、

どこかで安心って守られてることだと
思っていたのかもしれないなあって

思いましたね。



そして、

”今までの守り方、守られ方”っていうのは
おそらく父から受け継いできたもので。

そこで感じる過保護ゆえの窮屈さや、
私への信頼のなさ(と受け取った)への
反発もたくさんあった。



そんな反発がありながらも、

何か痛い思いするんじゃないかとか
怖い思いするんじゃないかっていう
”危険”を感じると、

どうしても、
自分が受け継いできた守り方守られ方の枠の中に、

戻りがちでした。






でももう、


これまでのやり方で
味わうべきものはもう十分
味わってきたなとか、

これまでのやり方では
自分の行きたい場所には行かないよなっていうことを
たくさん経験できたなと思うから。



これからは足裏から感じたことをきっかけに、

これまでの「安心」にもどるより、
「危険」が反応しても、

進んでいこう~と思いました。



電磁波のデトックスになるし、
なんて気軽な気持ちではじめて、
気持ちいい~だけで続けてきた
裸足生活が、


思わぬ”自分”の移り変わりに気づく

きっかけになった日でした。

 


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