Appriciation 意味を検索し、槇原敬之 youtube目に留まった。
まさしく、今、感じていたこと。
先週の今日から3日間 高千穂・弊立神宮を一人旅をしました。
木・川・道・山にとっぷりつかり、静かに
見えない大切なものに気づきはじめました。
昨夜、友達のfacebookの投稿から、
山本美香さんの追悼文と記事を読みました。
山本さんと一人ひとりの命の死を知ることは、
見ないように避けていた私に衝撃的な価値のある学びでした。
そして、眠りました。
朝から掃除・選択・家事・そして、女性自身の料理を撮影・・・
坦々と自分のすることをしっかりと行いました。
立て続けに、懐かしい編集者・代理店さんからも仕事のオファー。
平野と仕事がしたかった・・・と。
撮影したものを試食し、鰹に、モロヘイヤに、カシュナッツにまでも
有難くて、有難くて、有難くて、今まで以上に、有難さが身に染みて、
すべてに有難くて、なんだろう・・・と不思議だった。
そして、先ほどのカードを引きました。
槇原さんの歌につながります。
昨日の深夜の散歩でベンチに座り、風と虫の羽音に耳を傾けていたら、
幸せに満たされていた25年前の父と母と毎朝6時のルンピニ公園の散歩の
父の姿が懐かしくて、有難くて、1月に失った父に心から感謝した。
ありえないほどのものに囲まれて生きるおかげで、
大切なものが抱えられない・・私がいた。
あたりまえのことなど何もない。
すべて、さまざまなひと、もののおかげさまであるのに、
胡坐をかいていた、何もできないちっぽけな私を思い知った。
そして、私ができることをしっかりさせていただこう。
それが、シンプルに喜びに変わった。
今は、こんな感じです。
ありがとうございます。







