変な話をしますが
超大真面目だから読んでほしい。
先週花火大会行った後に
子どもの頃のこと思い出して
PL花火のYouTube見つけ
やっぱりまた、あの花火が見たい。
って思ってしまいました。
今映像で見ても
頭おかしいくらいのレベル。
凄まじかったんですよ。
↑この写真でもうおかしいでしょ。
隕石落ちたレベル![]()
ちなみに、PLとは私が
生まれた時から入ってた新興宗教。
(退会してしばらく経ちます)
Wikipediaさんに解説してもらうと
こんな宗教です。
うちの両親が
かなり熱心に活動していたうえ
私も信仰心とは別の理由で
PL学園高校に行き
なんなら定時制の生徒で
本庁の業務もしていたから
中の雰囲気はわかります。
かなり変わったとは思うけど
組織の雰囲気って、そう簡単には変わらない。
PLの特徴として
時代ごとに教えを解釈して伝える
教主(おしえおや)という立場のは人があらわれ
その時代に合った教えを説く
ということがあります。
私が会員だった頃に長らく教主を務めた
第三代教主様が
お隠れになって数年経ちました。
高校生の頃はみんな
愛称でおっしーって呼んでた。
断定的なことをほとんど言わない
謙虚な優しい方だったとは思う。
そしてまだ、
次の教主様は決まらないまま。
だから、できないままの神事も
あるんじゃないかと思う。
でね。
私、逝去時すでに辞めていたんだけど
訃報を受けてすぐに思ったのが
次の後継者はわたしだ!
わたしの時代がきた!
てことだった。
は?え?何それ?!どーゆーこと?!
頭おかしいんか?!
って自分でも思ったよ。
でもその第一感覚は、おそらく
集合意識
の先走りだと思ってる。
わたし個人が後継なのではなく
もうすでに時代の方向性は
各々が
自分で決めてゆく時代。
もちろん今までも
自分で決めていた人はいただろう。
だけどさ
「宗教二世」問題が社会問題にまで
なっている時代。
宗教二世の問題って
ぜんぶ親子関係の問題です。
あれおかしい
こんなの変だ
わたしは嫌だ
こんなのは間違ってる
薄々気づいていたことが
もう誤魔化せなくなっている。
その宗教を選び、
子に押し付けた親たちの時代は、終わった。
長いこと「決定」を人任せにしてきた代償で
自分を失ってしまった年寄りは
今、とても多い。
自分を取り戻せない年寄りは置いといて
まだ若い、私たち二世の役目は
自分が自分の
教祖に
返り咲くこと。
わたしはそんなメッセージを受け取ったんだ。
そういう時代が来たと。
だからPLは、後継者を決める代わりに
会員のひとりひとりが
教祖(という言い方をしておく)となる。
具体的にわたしが薦めたいのは
PLが好きなら、今も会員ならば
教会に集まって行事をするよりも
PLを知らない人にも役立つような
教えを取り入れた何かを
サービスとして有料で展開すること。
その形態や方法は色々だけれど
なんらかの「事業」として行うことだ。
開業して、布教する。
そして、売り上げを上げて
国に税金を収める。
宗教法人は非課税なので
繁栄しても国のためになるとは思えない。
だから、個人個人で事業化して
そのマインドを練り込んだ好きな事業を展開し
お金を稼ぎ、税金を納める。
PLの宗教二世に関しては
これが使命だと思ってる。
あのね、わたしはもう何十年も
教えを聞いてきたけれど
あれって、
経営者向けだと思うわ。
イコール、人は全員経営者になれる。
(公務員でもいいけど)
宗教法人って、お金を循環させても
税金納めないじゃん。
マインド伝える「仕事」して
お金集めて稼いで人気者集めて
最後に税金払えよ。
というのが、これからの時代の
いわゆる「宗教」の在り方で
繁栄の仕方、なんじゃないかな。
だってさー
献身(みささげ) だの
奉仕活動だの
そりゃ、悪いことじゃないよ?
だけど、ボランティアでは食っていけない。
精神論だけじゃ、家庭は苦しいし
現実的にちゃんと金稼げないと
宗教の意味なくない❓
で、お金稼げてからの奉仕活動、
または
稼げるように
夢叶えられるように
まわりを楽にさせてあげられる
自分になるための宗教
じゃないと意味がない。
そろそろ、その辺
はっきりさせた方がいい。
昔教会で「解説」っていってね
悩み相談をPLの教師に受ける
ってのがあり
散々っぱら受けてきたけど
みんな時代遅れだったよね![]()
そもそも、娑婆で働いてない
人様の金で生きてる公務員みたいな存在の
宗教家が
世に出てあれこれ迷いながら
七転八倒してる人に
いいアドバイスなんか出来るわけないだろ‼️
と思う。
わたしは親が熱心だったけど
コントロール欲強すぎて迷惑してて
その件でも散々相談したけど
まー役に立たなかったわ。
この話は、前置きや追加説明がないと
ちゃんと理解してもらえないかもしれない。
だけど、ここ数年間
家族を持ち、子を育て
親との関係を整理して
自分でビジネスを学んでやろうとしてた
ところにもってきて、過去やってた
宗教家トップの逝去にあたって
わたしが感じたことを
そのまま書いてみました。
誰か興味持ってくれたら嬉しいんだけどな。
で、で!
忘れたたけど最後に言いたかったこと。
わたしは、PLの花火をもう一度見たい。
お金かかるじゃん❓
「宗教」の力ではもう
お金を集めるのは難しい時代だよ。
だけど、「芸術」には払いたい。
そんな人はたくさんいるんじゃない❓
PLは嫌いじゃないが
また入会したいとは思わない。
だけど、「PL花火芸術」は素晴らしかった。
わたしはまた、
あんな気の狂ったような花火芸術を見たいし
なんなら自分でやってみたい。
花火見たいなー
って人はたくさんいるはずだから
なんとかなんないかなー…
って、辞めた宗教の懐具合を心配し
他の方法を考えている、という
わたしもわたしで
どうかしてるのかもね![]()
いや、そう思わせられるほどの
花火であったことだけは事実。
