あ、ネッシーの仲間ですか⁉️
みたいな書き方してますが
私が子供の頃から入ってた宗教の、
教主様の話です。
PL(パーフェクトリバティ)教団
っていう宗教に入っていて
PLでは、時代に応じた教主
(おしえおや、って読むんだけど)
が現れて、時代に合った教えを説く
というのが特色なのだった。
ちなみに私が入ってた頃教主様だった
第三代教主さまは
昨年、お隠れになったそうで
後継者は決まっていないそう。
「おっしー」というのは
PL学園生時代に学園生たちが
愛称として呼んでいたニックネームで
本庁内を車で走る教主様に
「おっし〜‼️」
とみんなで手を振ったら
振り返してくださるような
穏やかな優しい感じの方だった。
私有地なのに
いつもゆっくりスピードを上げず走られる姿は、見つけたらラッキーなゆるキャラみたいだった。
と言ったら怒られそうだけど
そんな感じ。
生意気盛りな高校生時代の思い出を
その時のイメージで語ってるので
失礼だとは思う。
めっちゃ失礼なはずなんだけど
こんなことが許されてる時点で
PLはいわゆる「カルト」ではなく
どちらかといえばゆるっとした
宗教団体だったのだと思う。
というか、二代教祖が亡くなり
三代目教祖になった時
意図的に「信仰命‼️」みたいな
昭和の熱血体育会系なことは
辞める方向に持っていこうとしていたのだとは思う。
戦後〜しばらくは
「日本をよくしたい」って理想に燃えた人たちが
食うものも食わずに布教やらなんやら
頑張ってきたんだろうとは思う、
家庭を差し置いてね。
ま、日本の歴史と同じ流れを辿ってるよね。
とにかく「おっしー」とは
PLのトップの方のことで
身近な本庁(本部のあるエリア)の人たち(教師以外)…が
愛称として使っていたあだ名です。
これで想像がつくかもしれないけど
ひとつの宗教法人を率いる「教主様❗️」
っていう感じの方ではなくて
めちゃくちゃ謙虚で小声な方で
いつも笑顔で誰にでも敬語な、
誰よりも腰の低い方だった。
そして、いつも少し、肩身が狭そうな
辛そうな様子に見えた。
ほんとはおっしーなんてやらず
自由気ままに暮らしたかったんじゃないかな。
ところで毎月25日は「感謝祭」といって
夜7時に本庁の大聖堂みたいなところに集まって式典が行われた。
その時に「ご親講」(ごしんこう)といって
教主様からの教話があるわけです。
それが、声も小さいし
絶対に断定的な話し方を一切せずに
初めから最後まで
「もしかしたら〜なのかもしれませんね」
っていう風に表現なさるので
子どもとしては何をおっしゃっているのか
まるで理解できなかった。
ただ、ひとつだけ覚えている話がある。
白装束を着てうずまきの紋様を掲げる
宗教団体が話題になったことがあって。
(パナウェーブ、だったかな?)
それについての話が印象的だった。
「世間では少し変わった格好や主張をする団体を、警戒するような報道もされているし
つい一緒になって冷やかすというか、そういう風な取り上げ方をしてしまいがちな様です。
が、見方によっては
私たちも同じようなことだとも言えますし
テレビなどの報道と同じように
安易に批判したりするのはどうかな、と思います。」
というよう内容だった。
新宗教連盟(しんしゅうれん)
と言って、宗教法人同士の連盟を
立ち上げたりもしていたし
他の宗教の批判をしないところまでは
まぁ、普通かもしれない。
でも、時代はまだまだ
変わった主義主張の方達を
弾圧的に、からかうような風に関わってもいい、というような風潮があったし
マスコミ報道においては顕著だった。
それを自分のところの信者に
「私たちも同じようなものなのだから
他の人たちを簡単に非難するなよ」
と言えるのは
なかなかいいトップじゃん。
と、私は思った。
おいおい、何様だよ⁉️
みたいな感じで、高校生だった私は
二世ならではの斜めからの視点で内部の景色を見ていた。
けれども「団体」ってのは厄介で
例えトップがこっちだよ、
と言っても、そう簡単に集団の意識が
変えられるわけではない。
昭和の時代特有の
「男は外で働き、女が家庭を守る」
みたいな価値観が全ての前提として
まだまだ幅を利かせていた時代。
「教会に来るよりも、
家庭の中で教えを実践してください」
とおっしゃってはいたようだけど
じゃあ家の中で子供相手に
エネルギー持て余した若い主婦が
子供と楽しく暮らすことができるのか⁉️
っていうと、そんなわけはなくって。
今だからわかる話だけど。
「世界平和は家庭から」
なんて、教団トップの男性教主が言っても
現場の家庭は一向に変わらない。
家庭で悩んで教会に相談に行ったら
居るのは男性教師。
「家庭の平和」って、難しいんだな。
宗教に入ってても無理なんだなって
子供の頃から感じてた。
令和になって、
やっっっと少しずつ言われてきてるけど
やっぱり家の中では、女が要なんだよね。
たとえ何にもしなくても
そこにいて
「へぇ〜、すごいね。」
とか言っていれば、それだけで
家の男たちは満足してる。
それだけ、女の機嫌って影響力が大きくて
しかもそれは、どんなに他人が頑張ったところで
簡単にどうにかできる話でもない。
女が自分の中の戦いをおさめて
安心感で存在していれば
結構それだけで平和なのだ。
女は存在そのものが宗教だ。
家の数だけ宗派がある。
PLは、次の教主を授からないと思う。
だってもう個人の時代。
人から教えてもらわなくても、
自分で感じて、楽しく生きれば
それで世界は平和になるのだから。
ていうか、なんで神様と自分の間に
おっさん1人挟まなきゃいけないんだろ?
っていう、子どもの頃からの疑問は
いまだに解けていません![]()
書いてみたら私ってほんと
生意気なやつだよな![]()
人は自分で幸せになれるし
その方法を知ってるはずなんだよね。
募集中![]()
私もちっちゃい宗教団体みたいなの
やります♡
それぞれが、自分を信じる団体だよ。
…なんつって![]()
でも、効果は絶大♡
自分の中の絶対的安心感を、思い出そう。
12/10〜スタートです。
ともこ


