ちょっと久しぶりに親のこと
その後の考え方のことを書こうと思う。
この夏は、親との関係をどうするかで
ずーっと悩んでいた気がする。
色々やってみて、最後には
親は死んだと思うことにした。
まわりの人たちにも
「親はいません。死にました。」
と言ってみた。
清々しかった。
死んだと思えばあきらめがつく。
生きてると、なんとかできるはずなのに
なんともならない!
とか思うから苦しかったのかもしれないし
親だから、嫌いでも関係を続けなくては、
と思うことが苦しかったのかも。
あいつらは死んだ、と思って
ふつうな暮らし始めたら
不思議なことだけど
自然と感謝の気持ちが湧いてきたりして、戸惑う。
自分が子供の頃、
あんなことしてくれたな。
こんなこともしてくれて楽しかったな。
って、いい思い出がたくさん蘇ってきた。
嫌なところにばかり
光を当てていたのかもしれないけれど、
それは、関わる以上、心の準備をしないとこっちがダメージを受けるから仕方なかったよ。
親は死にました。
その数ヶ月後、私は妊娠しました。
で、稽留流産になりました。
今は自然排出を待っているところ。
でも、新しい命は新しい風を運んでくる。
話は飛ぶかもしれないけど…
妊娠・出産って、大きな癒しなんだってことが、第一子を通じて分かった。
若い頃から、とにかく妊娠出産が恐怖だった。
子どもは好きだったけど、お母さんになれる自信がゼロだった。
だけど、体がどんどん変わるから
生き物として生きてれば
お母さんになっちゃうんだって分かった。
人間、誰でもお母さんになれるって分かったことが、最大の癒しだった。
「女」の醍醐味で一大事の出産も
自分が好きなようにひとつひとつ選んでいけばいいのか‼️
って分かったこと。
今も続く子育ても同じで
自分が思うように決めていいんだ、って分かってからは、純粋に楽しめるようになった。
一人目出産前は、とにかく全部
一人でできるようにしておかないと❗️
誰も頼れない‼️
という気持ちで産院も
おっぱい指導が有名な助産院を選んだ。
初めの一年は、授乳さえできれば
そんなに人の手を借りなくてもいいかなって思って。
まぁまぁ成功![]()
ダンナは週3くらいで、夜勤や泊まり勤務。
朝も早いし土日も休みじゃなかった。
産む前と、産んでから一年の卒乳までは
自分でけっこうやれてたかもしれない。
でも、どんどん動き回るようになり
病気もするようになってからは
やっぱ一人じゃ無理!
田舎じゃ無理!
って痛感し、環境を整えてきた。
コロナをきっかけに
ダンナのことも子どものことも
99%信じられるようになったのが、本当に楽。
本気でそう思えるようになったのも
楽になったのも、
親とのことを気持ち的に解消してから、です。
子育ても人付き合いの一種で
信じることができたらめちゃくちゃ楽だし
可愛い!しかない親バカです。
日本では、死んだ人は神様扱いでしょ?
自分の中だけでも死んだことにしたら
親は神様みたいになりました。
神様=絶対 っていうんじゃないよ?
過去に優しくしてくれて
愛してくれた人
あたたかい思い出をくれる人
って意味で。
神様になってもらわなくてもいいけれど
私は死んだ人を思い出すことは
あんまりない。
死ぬ=全部過去のことにする
っていうのが私には
大事だったんだと思う。
ということで、妊娠だ、つわりだ
流産だ、とわちゃわちゃしていたここ2ヶ月も
親のこと思い出すってことが
ほんとになくって、
めちゃくちゃ楽でした。
前の妊娠出産では「失敗してはいけない」みたいな気負いが、血に対して少しあったなと思う。
自分たちのことだけ考えればいいって
めちゃくちゃ当たり前のことなんだけど
世の中そうはいかない妊娠をしてる人も
結構多いのかもしれないね。
