高木ともこです。
サービス告知前に、長いお話を。
ここのところ色々準備していたら
若い頃のことを思い出しました。
それでこの投稿!↓
わたしそういえば
声優志望だったの![]()
バイトの履歴書に
「アニメ声優科」って書くの恥ずかしくて
同じ建物の中に別名の学校が同居してたから
そっちの学校名書いてました。
「大阪放送芸術学院」。
だってこっちの方が
ツッコまれにくいでしょ。
20年前、今ほどアニメ好きやオタク文化が世間に認められておらず
アニメ声優⁉️なにそれウケる⁉️
食えないでしょ。
…という
関西人のツッコミは容赦なく、
夢追ってた若者としては
バイトの面接とかでディスられるのが
ほんとに嫌だったんだ。
履歴書に書くのをやめたからか
「アニメ声優科」っていう
学科の重みを忘れてた。
夢って、重たいよね。。
わたし、声優になりたかったんだ。
今ナレーター名乗って
細々とやってるなんて、明らか挫折組じゃん?
ていう、敗北感を持ってる自分を
「わたし声優っていうより、ナレーター志望だったし!」
みたいに誤魔化して生きてきた節がある。
ていうかさ、もはや自分騙しすぎてて
痛くも痒くもないわ、フン
って思ってたけど
「声優」の文字を見ると反応するする。
おまけにダンナがアニメ大好きで
声優に詳しすぎるというちょっとした拷問環境。
…なんか、カチンとくるのよね。
自分がやりたかったのにやれてないから
嫉妬が刺激されるわけ![]()
このたび、声を使ったサービスを
考えて準備するにあたって
細かい壁がたくさんあってさ。
それでモヤモヤしてたんだろーな。
一昨日、突然
20年前の専門学生の時の友達を
Facebookで検索しまくって
連絡してみたんだよね、
こんなことするの初めてだったわ。
そしたら、2人の友達が返信をくれた。
懐かしい…というより
あー、この人昔もこういう雰囲気だったな、って思い出して、妙に興奮した。
私は20年前の夢を引きずって
彼らの前に登場したんだ、
って思ったりして、そこに
夢に若い熱気を持っていた
学生時代の自分たちを見た。
ご存知のとおり
声優なんて狭き門。
学校でもそれは公言されていた。
知ってる限りほとんどの同級生は
誰も声の仕事をしていない。
私はいわゆる「声優」ではなかったけど
司会とかパーソナリティとか
似て非なるところで
なんとか活動を続けてきた。
まぁ元々アニメ声優というより
ドキュメンタリーのナレーターとか
CMのスポットボイスとか
影アナ的なことをやりたかったから
メインの「仕事」ではなかったけど
「仕事の一環」として、やらせてもらってた。
事務所面接で
ナレーターやりたいっていう私に
そんな仕事は東京に行かないとないよ。
あってもお金にならない。
とりあえずこういう仕事したいなら
司会でもなんでもやって、食えるようにならなあかん。
そのうちそんなチャンスもあるやろ。
そんな口説き文句でとりあえず
右も左もわからず事務所に入った。
仕事はほとんどなかったし
ラジオやTVのCM1本を半日がかりで2千円とか
そんな感じだった。
局にあいさつのはがき書け、とか
あいさつに行く、とか
正直意味わかんなかった。→バカ
続かなかった。
生活につぶれた。
数年後に別の土地で再チャレンジするも
生活に加えて、人間関係につぶれた。
今も「声優」って
若い子の夢の代表格みたいな職業でしょ?
20年細々とやっときながら
これで飯食って行くことができるなんて
夢のまた夢だったよね。
ていうか、夢とお金のこと
仕事として、ビジネスとして
同じ土俵で考えたことがなかった。
夢で食えないことは
自分の中で当たり前になっていて
そんな自分の思い込みに気づくのに
開業してから2年かかった。
でもさ、だったらなんのための学校なんだよ。
学校経営者の懐だけが温かくって
夢見てお金払ったわたしたちって
ただの釣り餌なのかよ⁉️
って思ったりもした。
自分を自分で売る、ってことを
私たちは習わなかったし
選ばれやすいいい人材でいることを求められるのは、どこの世界でも同じ。
誰かに認めてもらうためじゃなく
自分が好きなこと
いつのまにかできるようになってたことを
自分で仕事にしてみよう。
シンプルにそう思えることが
とても嬉しい。
今あらためてナレーターとか
声の仕事をする上での私の夢
それは
食えるくらいは稼ぎたい。
ってこと。
ささやかな夢でしょ?
昔、田舎でお世話になった女社長の言葉がとても印象的で、今も思い出す。
ともちゃん、
本番がレッスンやで。
あれはビジネスマンの言葉だったね。
声の仕事でビジネスしたい。
開業届を出して3年目に
やっとほんとの意味で思えたんだけど
そう思うには沢山の
負の経験が邪魔をしていたし
受け身じゃなくて、やってみたいって
思えるようになったのは
「自分ビジネス」を学んだことと
年取って動かなくなった体のおかげ。
(結局、子宮メソッド)
色んなことやってみたけど
フリをしていただけなのかもしれない。
本当にやりたいことを自分でやってみる
っていうの
まだやってなかったんだよね。
自分の本心からは逃げられないね。
マスコミ系専門学生が挫折を重ね
結婚出産して主婦になる。
そして「自分ビジネス」を学んだことで
思い出した自分の道。
追いかけていた夢に届かず
あきらめて拗ねていたら
今度は夢が追いかけてきた、って感じ。
だから今、こんなのどうかな?
って、自分でサービスを考えるのも
準備するのも、最高に楽しい。
挫折してる間に20年が過ぎて
そうとは気づかないまま
いつのまにか
できることが増えていました。
声の表現って、楽しいんだよね。
楽しくて役に立って喜んでもらえるサービスに、していきたいし
その人の声の魅力を生かす
お手伝いもしてみたい。
前置きが長くなったんだけど
これは、過去の私からのエールと釘差し。
食うことを真面目に考えてこなかったからこそ、続けてこられた面もある。
でもこれからは、ちゃんとマネタイズ込みで
好きなことをやる。
ここ抜きにしてやったらウソだからな、
という、決意でした。
主婦も7年が過ぎたら
ひまなんだから。笑
死ぬまでの暇つぶしに
やりたかったことやってみるよ。
準備だけで、楽しくて死にそう![]()
ピチピチに楽しいエネルギーのつまった
サービスをお届けします!
ちなみに今日から募集スタートですが
長くなったので次の記事に。
どうぞ、ご期待ください。
高木ともこ


