今日は生理休みでした。
たまたまそうなってラッキーニヤリ



深夜、久しぶりにいとこから連絡があった。

おばあちゃんが死にそうだから
と言って、写真をたくさん送ってくれた。


御歳90歳。あ、91だったかな。


もう時間の問題、と
葬儀のことにも軽くふれていた。



正直、悲しくはなかった。
苦しくないといいな、と思う。




子供の頃は毎年二回、必ず泊まりに行っていた。


平屋で、玄関からトイレにいたるまで
各部屋に鬼の面や爺婆の面が飾られていて
暗くなると本当に恐ろしかった。

本当にこーゆーのが全部屋に飾ってあるわけ!




私が知ってるおばあちゃんは
昔からおばあちゃんだったけれど



おばあちゃんにも、今の私と同じように
小さな子どもの相手や世話をして
母として過ごした時期があったんだよな。


祖母は私の母の母なのだけれど

私の母は今でも


イラッお母さんは
世間知らずでトンチンカンで大嫌いだったわ。


なんて言う。
私のお母さん、60過ぎてるのよ❓


母親の存在って、いつまでも子どもを子どもにしてしまうのだなと感心してしまう。


自分も母だし娘なのに
他人事として感心する。



そんな祖母が子育てをしたのはもう
6〜70年も前になるのかな。


主婦目線で今と比べたら
絶対その時代には行きたくない。


お風呂もずいぶん長い間薪で炊いていた。


子供の頃、帰省したときにはそれが面白くて
薪割りのお手伝いをしたけど
正直、毎日はめんどくさかった。



洋裁が趣味で、宝石が好きで 
化粧品はいつも資生堂。





集合写真を撮る時にはいつもいなくなって
探すと奥で口紅を塗り直しては出てきた。



一昨年
私と弟が子どもを連れてお見舞いに行った。


なぜか髪の毛が紫色で
ウーパールーパーに似ていたけれど


相変わらずの美肌だった。


祖父は肝硬変で15年前に亡くなった。

体の弱い祖母のこと、
すぐ後を追うに違いないと娘たちは予想したけれど…約15年が過ぎた。



女の一生って、長い。


祖母を見て思う。
そして


母親は一生、母親なのね。



祖母には3人の娘がいて
皆それぞれの形で母を愛し、母を恨んでいる。


私は女だから
特にそれがよく見えるのだと思う。


女の孫は私だけだから。



私は
おばあちゃんの死に目には会えないだろう。


私が立ち会わなくても
見守りたいと思ってる人がたくさんいるし


わたしは自分の場所でやることがある。
それは、今しかできないこと。



だけど。
おばあちゃんちに
自分の子供と一緒にまた行きたいと思う。


この子たちは、この春小学生。



弟やその子どもたちと一緒に
楽しいひとときを過ごしたい。



話は変わるけど
この前、家の神棚を整え始めた時
どこのお札がほしいかなって考えた。


そしたらやっぱり
出雲大社のお札がほしいな、と思った。



そう、死にかけている祖母は出雲のひと。
だからわたしは出雲大社に親しい。



近々行くことに、なるのだろうか。



それにしても、孫のわたしが
高齢の祖母に思うのは


人の生き死にって周りにすごく影響するんだな


っていう、当たり前のこと。



だから私は、私で立っていたいと思う。



それから。


何年も前から祖母がオムツだってこと
最近、母から聞いて知り

とてもショックだった。



私は、死ぬまでオムツはつけたくないけど
…分からないよね。


生理中だから特に
そんなことを思うと同時に


第二次世界大戦が壊した
日本の文化にまで想いを馳せる。



腰巻きやふんどし、
鼠蹊部やお股を圧迫しない伝統的な下着と
生理中の過ごし方や経血の処理の仕方。



伝統的なお手当ては
戦争で服装がかわってできなくなったり


その方法が母から娘へ伝わらなかったり。



終戦からかなり経つし
祖母にはそんな話、何にも聞けなかった。
 

戦争をリアルに体験した世代の祖母が亡くなりそうな今、思うこと


幸せになりたい。
思いっきり生きたい。


祖母が不幸だったとはいえないけれど

わたしはもっともっと
この時代を利用して
自分を表現して
好きなことをやっていきたいなと思うのだ。



なんて話をしつつも…


天寿を全うするまでは
まだ猶予がありそう。