平岡敬さんは大阪生まれの方で中国新聞社や中国放送の社長なども歴任され、1991年の2月から1999年までの2期を広島市長として務められた人で今回のG7広島サミットに関しては朝日新聞が記事を書いていますが、「岸田首相が、ヒロシマの願いを踏みにじった。そんなサミットだったと考えます。」と批判され、また、「戦後一貫して核と戦争を否定してきた広島が、その舞台として利用された」とも評され、ウクライナとロシアに対しては停戦を求められていますが、これらは私の主張と同様でした。
先だって私はサミットに先だち、広島弁護士会館で行われた『核廃絶を求めるG7サミット直前広島イベント「どんな声が今、広島から世界に届けられるべきなのでしょう」』の動画を取り上げましたが、この中の冒頭で平岡さんが発言されていますのでもう一度、視聴されてみて下さい。
今回の広島でのサミットは被爆で犠牲となられた人たちを冒涜していると言っても過言では決してありません。私はそのように捉えています。
しかも、宮島が利用されたように、過疎化し、多くの被爆者を抱えている私の郷里も利用され、高校生までサミットに駆り出され町興しに利用されました。いわゆる、原発利権と同じでしょう。
下の被爆記念誌の中には私の郷里の人たちの被爆体験が綴られていて、井伏鱒二の「黒い雨」にも出ておられる、矢須子(安子)さんの叔母でもある「重松しげこ」さんの投稿も載せられています。
何故、私も憤るかは被爆で亡くなられた方も利用された事です。核の威嚇も抑止も同じです。
2023年5月22日
船橋市海神:弓場清孝

