先日、タイム誌の翻訳記事を載せましたが、最後の文章に次の文節がありました。

「Kishida’s mission at Hiroshima will be to keep focus on the city’s charred remains and paper cranes. To let the ghosts have their say.」

 

 

これを翻訳すれば以下の文章となります。

「岸田氏の広島での使命は、(広島サミット)広島の焼け跡と折り鶴に焦点を当て続けることだ。 幽霊たちに発言権を持たせるためだ。」

 

 2015年の8月6日と7日に原爆資料館を訪れた時には、被爆蝋人形が展示されていましたが、新会館に伴い被爆蝋人形は撤去されたのです。おそらく、政府の意向もあったと思われます。この蠟人形は、原爆投下直後に御幸橋の袂に逃げ惑い集まった人々の様子を表した貴重な展示物だったのです。

 下の写真が当時の御幸橋の袂です。中央の女学生と思われる方の左腕が途中からありません。それでも治療を待っておられるのでしょう。

 岸田首相は今回のタイム誌に対し、最初の軍拡の記事部分の変更を求めましたが、果たしてどのように繕うのでしょうか。

 ところで、今日の中国新聞がカナダ在住の「サーロ節子」さんが訪日されて、広島原爆資料館を見学された時のインタビュー記事を載せています。

『広島市南区出身でカナダ在住の被爆者サーロー節子さん(91)が14日、中区の原爆資料館を訪れた。19日に見学する見込みの先進7カ国(G7)の首脳たちに対し「どんなに人間が苦しんで亡くなったか。目に焼き付けて帰ってほしい」と求めた。』

 

 

2023年5月14日

船橋市海神:弓場清孝