先日、広島市の「あき書房」さんに依頼していた「ピカドン・被爆の軌跡」という私の郷里でもある広島県神石郡原爆被害者協議会が記念誌として1985年に発行された本が送られてきました。この記念誌には神石郡の人たちの重要な被ばく体験が233人の方が綴られていて、その中には井伏鱒二の「黒い雨」にも登場する静馬重松(重松静馬)氏の妻の「しげ子」さんの証言もあり、「黒い雨」とは書いてはありませんが、雨が降った事は記載されていて、この雨は間違いなく「黒い雨」という事があたりまえに判別できるのです。
「御幸橋を渡って専売局の前で一寸休んだ・・・雲は煮えかえるような動きで、まもなく火事になり、雷がなり大雨になったので、千田町の方から中心地に向かって行った。・・・姪の安否を気遣って宇品に行った。・・姪を連れて三人で避難先の古市へと歩き出した・・・」つまり、3人共に「黒い雨」にあたった可能性は否定はできないと私は思います。矢須子(安子)さんは宇品におられたとしても「黒い雨」は広範囲に降っていて、午後3時くらいまでは降雨していたという事も判っています。
船橋市海神:弓場清孝
(つづく



