私の父は戦争に行きました。父の兄も行きました。兄の方は戦地で戦死しました。戦争が終わってから、父は引揚げ船に復員兵として乗って帰って来ました。父の胸には貫通銃創がありました。正面から撃たれたので、傷の入り口はそんなにありませんでしたが、背中側には大きな傷跡がありました。

 父の話しによると、現地の人に助けられ、弾を出したそうです。後、数センチで心臓に達していたら戦死だったそうです。

 帰宅後に役場から「遺族の家」というブリキの板のようなモノが役場から送られてきましたが、父はものすごく怒って、その「遺族の家」を金槌で叩いて棄てました。父の行動に文句がありますか?

 

 父はその後、私が定時制夜間高校2年の時、肺癌で亡くなりました。父が49歳の時でした。戦地から帰宅してからは、母と一緒に山仕事や小作農をやって私たち(兄姉)を育てました。貧乏のどん底でした。縁側の下で飼っていた鶏の卵がごちそうでした。一つの卵を3人の子どもで分けて食べたこともありました。

また、いずれ、この続きは生きているうちに書きましょう。

 2019年10月16日

船橋市海神:弓場清孝