昨日、ツイッターで柏崎刈羽原発の主要建屋の雨漏りの話しが出ました。この話しは2007年7月に発生した中越沖地震で、建屋の壁にすき間が生じたところに、2007年10月25日の夜から26日に降った雨により、4ヶ所の放射線管理区域にも入り込み、本来は繋がってはならない施設外部と直結していたというもので、当時の朝日新聞が報じているものですね。その総量が30トンとかになっていますね。

    

雨漏りが見つかったのは1号機のタービン建屋地下2階の低圧復水ポンプ室、3号機のタービン建屋地下1階南側通路、固体廃棄物貯蔵地下1階などで、東電の発表によると、いずれの雨水にも放射能は観測されていないと、調査では地震の影響で外部の地中を繋ぐ電線や配管を繋ぐ隙間が地震でできて、そこから雨水が漏れてきたと...

 これを信じるあなたエライ!!.....

 私は実は見ているんですよ。昨日、まさのあつこさんがツイッターで次のように私に問いかけておられます。

 

 まさのあつこ

「2007年の記事。これ「雨漏り」っことになっているけど、「地下水」だと考える方が自然ではないか?」と...次に私の答え

 地下水と雨漏り、汚染水、いろいろ考えられるのが私が当時働いていた柏崎刈羽原発敷地内」の洞道と呼ばれる地下トレンチです。このことは何度もブログ記事にもしていますし、東京新聞にも投稿したり、発言の場があったら、このことを話してもいます。つまり、水はほぼどの洞道の端部にもあったということで、

 

 

 私が覚えていることは、5号機と6号機の間にある洞道の端部で、ここは深さはおよそ、地上から約10㍍で地上は保全区域となっていますが、洞道内は周辺監視区域です。作業は直接、洞道内から保全区域である地上には出ることはできません。保全区域で作業する場合は地上から別なIDが必要で、ボディチェックを受けて金属探知の機械も通ってからやっと保全区域に入ることができるのです。この洞道の端部では壁とスラブの隙間から水が湧いていてこの処理を3人でさせられていたのです。何が含まれていた水か今でも判らないのです。(つづく

2019年8月30日

船橋市海神:弓場清孝