先日の続きで文芸春秋9月号に寄稿された元・福島第一原発で1989年から2000年までエキスパート炉心専門家(東電社員)として働いてこられて、東大出の上司に「どれだけいい仕事をしてもトップダウンでお前なんか上にいけないぞ」と言われ、また仕事で日常的にデータ改竄をやらされ、憤り感じ退社され、福島県大熊町の標高500メートルの山の中で自足生活を始められ、3,11で、避難され今も高知県中村からバスで数十分かかるところの古民家で自給自足生活されているそうです。詳しくは「原発労働者」の「炉心屋が中央制御室で見たものー木村俊雄さんの場合」を良ければ参考にどうぞ..

 

 さて、先日の続きで核心の部分です。最初に下の図をもういちど見て下さい。

 

      【燃料がドライアウト2】(文芸春秋から転載:173頁~)

 ではなぜ「自然循環」が止まってしまったのか。私が分析したデータや過去の故障実績を踏まえると、圧力容器につながる細い配管である「ジェットポンプ計測配管」の破損が原因である可能性が極めて高い、と考えられます。

 (ジェットポンプ)

 

  また、事故当時、運転員が、「自然循環」の停止を検知できた可能性は極めて低かったと言えます。というのも、運転手順書には、「地震時に『自然循環』の継続と『炉心流量』を確認する」とは明記されていないからです。つまり、運転員の過失というより、「設計・構造上の欠陥」なのです。

 いずれにせよ、津波の第一波が到達したのは地震の四十一分後の十五時二十七分ですが、そのはるか前に炉心は危機的状況に陥っていた、ということです。「想定外の津波によりメルトダウンした」という東電の主張は極めて疑わしいのです。

 四つの事故調に参加した専門家も、このデータの欠落には気づきませんでした。ただ、開示されていたとしても、このデータをうまく分析することは、おそらくできなかったと思います。...(つづく)

 参考...孫崎さんも取上げていますね。

 2019年8月22日

船橋市海神:弓場清孝