今朝の記事の続きを書くつもりでしたが、左手が相変わらずのマヒで、ほぼ右手だけでキーを打ってるものですから、長文となると、時間が、かかるのです。
ということで、ちょっと昔のことでも書いてみようと思います。
私の父のことはいくらか書いていますが、私の家系で癌になったのは、恐らく父だけで、しかも、それが肺がんで、亡くなる前には喉にまで移転し呼吸困難で苦しんだ後に逝きました。
父は戦中に召集され戦地に行きました。そして貫通銃創を負いましたが現地の人に助けられ一命を取りとめ戦後帰国し、それからは、小作農業と山仕事、炭焼きなどで家族を養っていました。父が倒れたのは田んぼで近所の人に病院に運ばれ、癌が見つかったということでしたが、原因はやはり農薬だったと思います。当時の農薬散布というのは今のような防護はしていませんし、政府も農薬に関しては米国の指導のままというか、占領軍GHQの言いなりだったと思います。それが証拠の写真があるのが、子どもたちの頭からでも虱取りなどでも平気でかけていたのです。
おわり・・
