「長周新聞」という新聞があるのを読者の皆さんはご存知でしょうか?宣伝するわけではありませんが、この新聞社は安倍首相の地元でもある、山口県下関で1955年4月に創刊されて今でも細々と発効されている新聞です。

 編集綱領として「山口県民の新聞として、政党、政派や宗教的信条、職業などにかかわりなく、真実の報道と正しい世論の組織につとめ、平和と独立と民主主義を守る。また、労働者、農漁民、市民の生活を擁護し、郷土文化の擁護と発展のためにつとめる。」として1981年8月に改定。創刊者の福田正義(主幹)は「死んだ者の命をとり返すことができないのなら、死なないためのたたかいを、生死をかけてやらねばならぬ」​​​​​​​と主張。1947年1月に帰国した後、日本共産党に入党し、当時GHQの労働運動弾圧が厳しいなかで、進駐軍の駐留地で働く労働者のストライキを全国ではじめて下関・長府で組織し、さらに防府、岩国の全駐労分会を組織して山口県支部を立ち上げるなど、日本人民の解放事業の活動を開始し、1949年、日本共産党中国地方委員会の常任委員として広島に赴任した福田正義は、アメリカ軍占領下の広島ではじめて原爆投下の犯罪に抗議する1950年8・6平和闘争を組織します。朝鮮戦争のもとで、幾度となく発行停止の弾圧を受けながら「平和戦線」「平和の斗士」「民族の星」を発行。原爆詩人の峠三吉も、この新聞に代表的な原爆詩を発表しました。その活動は、広範な広島市民のなかで乾いた砂に水が染みこむように受け入れられ、占領軍の弾圧にもかかわらず、原水爆に反対する運動が全国・世界に広がっていく端緒を開いたとされています。

 一方で当時、「アメリカを解放軍とみなすか、人民の敵とみなすか」をめぐる、いわゆる共産党の「50年問題」で臨時指導部から除名されていますが、党内でそれとたたかいながら、原爆を投げつけられた広島市民の思いを代表して、原爆を投下したアメリカの犯罪を正面から暴いていきました。それはアメリカ占領軍を「解放軍」と評価し、「獄中十数年」を売りものにして、日本人民を「戦争に協力した加害者」と蔑視するような、唯我独尊の態度とは根本的に立場が異なるものとし、そして1955年、共産党が分裂し瓦解しているなかで、共産党から排除されている山口県の有志が集まり、このままでは人民は困るし、なにからはじめるかの討議を重ね、福田正義が発行責任者となって、まさに徒手空拳のなかから長周新聞の創刊となりました。「人民に奉仕する精神に徹して、 人民の苦難を調べ、 その手助けをしていくなら必ず勝利する」という確信のもとに、「独立、民主、平和、繁栄、民族文化の発展」の編集綱領を掲げての出発し、現在に至っている山口県の新聞社です。安倍首相の地元でありながら、唯一、安倍政権、与党に抗した報道機関として私は評価しています。

 最近では水道民営化に関しても記事を掲載していて ​​​​「最後の一滴まで ヨーロッパの隠された水戦争」を詳細に記事にしています。(長周新聞から一部転載)

 

 

 創刊時の記事

 

 2019年2月3日

 船橋市海神:弓場清孝