昨日書いた記事に「父と農薬」という題名で書きました。その記事に何人かの読者の方がリブログしていただきました。ありがとうございます。

 さて、この記事の続きですが、私はリブログしていただいた一人の方にコメントを入れさせていただきました。

 農薬というのはもともと、害虫を駆除する目的だけで作られたものでしょうか?ベトナム戦争で使われた枯葉剤は今でも多くの人たちが苦しんでいる現状があります。その枯葉剤を作ったのは遺伝子組み換えで有名な世界を支配するといわれるモンサントという米国企業です。

 ベトナムで使われた枯葉剤には森林を枯らすだけではなく、その強い残留するダイオキシンが催奇性の毒を持つことで人体を蝕み、人々を苦しめているのです。それが、今でも日本の屋久島にも埋められていた事実が一昨年浮上しています。

    

 昨日の記事に戻りますが有機塩酸系のDDTには本当に毒性がないのでしょうか?DDTは非常に安価に大量生産できることと、少量で効果が認められたことから、米軍によって戦後の日本に衛生状況が悪いとして持ち込まれ、昨日の写真のように子どもたちの頭からも遠慮なく、ぶっかけられたのです。

      

 DDTは現在、極めて危険な発癌物質として国際がん研究機関の発がん性評価ではグループ2Bの「人に対して発がん性が有るかもしれない物質」に分類されています。パラチオンという農薬もさらに危険で、この農薬も父は使っていたというような記憶もあります。

 DDTを散布することで害虫は一時的には減るものの、態勢が強化され、さらに害虫は勢いを増し、水辺に住む蛍などは死に絶えるのです。私の姉が子どもの頃、夏休みの研究に光に集まる夜の虫を課題として3年間くらいノート執ってっていました。

 その数が増えた虫と減った虫があったことを覚えています。

2019年1月4日

船橋市海神:弓場清孝