戦時中に中曽根康弘氏は日本が東南アジアに侵略に向い、上陸時に民家だった場所を日本軍が接収し、そこを「設営班慰安所」に変えてしまい、 海軍主計中尉だった 中曽根康弘氏は自分の手記に「主計長の取計で土人女を集め慰安所を開設」ということの記載。それを裏付ける地図も書いてあった。

   

 いわゆる、戦時中の慰安所開設であるが、はっきりとそこには現地の人々に対しての卑劣な差別意識のもとで行われたとしか言いようがないのだ、先だってもフィリピンで女性像が撤去されたが、これは安倍政権の指示によるものと言われてもいる。

 ところで、現在、外国人実習生を労働現場に取り入れる政策が行われているが、はっきり言ってこれも、差別的待遇のもとで行われているのが実情で、山本太郎参議院議員が街宣でもそれを指摘されている。ちなみに私の亡き妻はフィリピン人だったが、日本に滞在していた頃に働いていた職場で上司や、日本人の同僚から、あからさまに「土人女」と呼ばれていて、帰宅してから泣いていたことを今でも思い出す。