8月14日木曜日☀️
今日明日は主人は
お盆休みです。
昨日は凄く忙し
かったそうです。
1個5.000円の梨
出品されたとか
🍈よりもお高い‼️
今日はお盆の花と
mayoの家族の
眠っているお墓
参りの造花を買い
に行って来ました。
此方に越して来た
次の年15年前に
mayoの家族の
墓仕舞いをして
地元の合同墓地に
私達きょうだいは
幼い時に両親を
仕事中の事故で
亡くしてるので
祖母に育てられ
ました。
mayoが4歳妹は
年子なので3歳
弟が生後半年で
した。
弟は👶なので子供
の居ない親戚に
引き取られました。
婆ちゃんは必死に
働いて内職もして
私達きょうだいを
育ててくれました。
弟は子供が出来た
からと戻されて
来ました。
mayoが小4の時に
祖母が倒れて介護
をしながらの生活
でしたが…
祖母が亡くなり
親戚の家に預けら
れる事に妹は酷い
弱視だった為に
妹の面倒を見る
ようにmayoと一緒
に父親の姉の家に
mayoが小6の
一学期の頃でした。
弟は裕福な親戚に
引き取られました。
mayoと妹が預け
られた家は叔父の
仕打ちが酷くて
家の子供達には
おかず等沢山並べ
られてmayoと妹は
ご飯と味噌汁と
漬物だけで
たまに叔母が
おかずを出して
くれると
叔父がお前らには
おかずはいらんと
箸でお皿を自分の
方に引き寄せる
下品な人でした。
妹に食べさせて
からmayoが食べ
ていたので遅い!
さっさと食べて
片付けろーと
叔母の家には
シェパードが居て
委託警察犬なのが
叔父の自慢でした。
mayoのご飯を取り
上げると
シェパードの餌の
鍋に入れて犬に飯
を食べさせて来い
食事は殆ど食べさ
せて貰えなかった
のでmayoは
ガリガリでした。
小学校では給食が
食べられるし
妹が食事をこぼす
と叔父が怒鳴り
散らすので妹が
ごめんなさい
ごめんなさいと
泣いて
妹はよけいに食べ
られなくなるので
叔父の家でご飯は
食べれなくても
mayoは良いとさえ
思っていました。
妹は小学校の担任
が気に掛けて下さ
っていて家での
様子を聞かれて
ご飯は私が食べ
させて🚾は夜に
なると目が殆ど
見えなくなるので
いつも手を繋いで
連れて行っている
事と妹が粗相を
すると叔父に行儀
が悪いと怒鳴られ
ていつも泣いて
しまう事を伝え
ました。
mayoがご飯を食
べさせて貰えない
のは黙ってました。
担任の先生のお陰
で妹は盲学校の寮
に入れて食事も
日常生活も先生方
に教えて貰えて
上手く箸も使える
迄になって手紙も
書いて送って来て
くれました。
mayoは洗濯物を
干して朝食の準備
の手伝いとみんな
が食べた食器洗い
をして🚾掃除を
したら犬小屋の
掃除をしてから
小学校へ登校して
ました。
下校は早く帰って
来ないと夕食の
準備の手伝いと
お風呂を沸かす
薪の準備をしない
といけないので
徒歩40分掛かる
ので走って帰って
ました。
でも嫌な事ばかり
では無くて叔父が
犬に飯を食わして
来い!と鍋を渡さ
れると
シェパード君と
会えるので嬉しく
て犬小屋の掃除も
楽しかったです。
シェパード君を撫
でていると
叔母が家の子供と
叔父に見つから
ないように隠れて
おにぎりを持って
来てくれました。
出汁を取った鰹節
をお醤油で煮て
おにぎりの中に
入れてくれてて
凄く美味しかった
です。
叔父は酒癖も悪く
気に入らない事が
有るとmayoに
当たり夜に外に
出されるのはしょ
っちゅうで
雨が降ってても
関係無しでした。
シェパード君の
犬小屋は広くて
叔母が椅子と毛布
を持って来てくれ
てごめんな我慢
してくれと…
中学を卒業したら
働いてお金を貯め
てこの家から出ろ
とそれ迄我慢して
てくれ!
言う事聞かないと
みんなが追い出さ
れてしまうからと
泣かれました。
家に居るよりも
シェパード君と
いる方が幸せで
優しくて暖かい
シェパード君が
大好きで
シェパード君に
もたれながら毛布
を被って寝ている
と子供達に起こさ
れて
いつも家の子供達
からは家無し!
親無し!居候!
と笑いながら言わ
れてて
学校でこいつは
犬と寝てる犬の子
だと
子は親の鏡とは
良く言ったもので
良し悪しも解らず
親の真似をする
婆ちゃんの写真と
両親の写真を妹と
見てるといつも
めそめそしてると
家の子供にお風呂
は薪で沸かしてた
のでこんなのお前
らに必要無いと
燃やされました。
写真を見ないと
両親の顔は思い
出す事も覚えても
いないです。
婆ちゃんは忘れ
無い親だから
mayoは子供の頃
から反面教師
だらけでした。
mayoが大型わんこ
が大好きなのは
シェパード君が
居てくれたから
幸せをいっぱい
貰えました。
名前はジョー君
格好いいお名前
でした。
中学校を卒業する
と叔父が知り合い
の会社の仕事を
決めて来て給料は
叔父が先に貰いに
来てて子供には
金を持たせるのは
心配なのでうちで
貯金すると説明を
されていました。
妹とお前の世話代
を貰うと殆ど取ら
れてしまい
叔母はお酒に消え
ている事は知り
ませんでした。
職場で出会った
洗い屋さんから
ハウスクリーニ
ングのバイトを
させて貰える事に
なり
バイトの大学生
に教えて貰い
定時制高校に入学
しました。
叔父の家には住ん
でましたが…
ジョーのお散歩を
してから自転車で
朝6時前にに家を
出てバイトして
叔父の知り合いの
会社で8時半から
働いてました。
会社の休みの日は
ジョーのお散歩を
したら家では食事
は食べずに図書館
に行くと言って
バイトに行って
いました。
定時制高校に行く
事は社長は喜んで
くれて叔父には
内緒にしてくれて
ました。
給料を取られてる
のを気づいてくれ
て会社で貯金を
するからと叔父に
話してくれ毎月
決まった額を生活
費と食費として
叔父に渡す事に
して貰いました。
定時制高校を卒業
したら会社は辞め
ハウスクリーニン
グの仕事だけに
して必死で働いて
貯金してアパート
を借りて妹と暮ら
して弟も高校を
卒業すると帰って
来ました。
子供頃にこんな
生活をしてしまう
と人より動物が
好きになってしま
います。
あんな人間には
絶対にならない
人を見下したり
食べ物を分け合え
ないような人間に
はならない!
でも育てて貰った
事には感謝して
います。
両親の事を聞かれ
ると幼い時に逝っ
たのでと言うと
可哀想!可哀想!
とmayoには何故
可哀想って言われ
るのかが理解出来
ません。
記憶も無いのに
可哀想って言われ
ても困ります。
ほんとうに可哀想
で辛いのは思い出
が有る子供達が
突然側にいつも
居てくれた両親が
いなくなる事だと
思います。