そもそも私はセクシャリティに問題を持って生まれてきた。
真実の愛に似てにつかぬ
性的快楽と依存。
 

 

私の生い立ちをさかのぼる。

愛人の子として生まれてきた私。
 

 

母は言う
「お父さんと出会った時には神様だと思ったさ~」
 

 

そう思ってしまうくらい過酷な人生を送ってきた母。

 


その傍らには正妻もいるのに、
母以外の女性もはらませて中絶させたあげく

お金を一銭も払わずにとんずらをこいた父。

そんな父が神?

 


でもね、色んな経験してきて、

今なら母の言ってる事わかる。

 


誰も理解者がいない中で、

唯一理解しようとしてくれたのが

父だったんだよね。

 

 

 

だから、神に思えた。

 

 


でもね、本当はうすうす神じゃないって気づいていた。
だって、母を傷つける事をするんだもの。

 

 

でも、この人を逃したら
私のことを理解してくれる人はいない。
きっとそう思っていたんだよね。

 

 

母の胎内でもそんな事を感じていた私は

無意識にそのループを受け継いでいた。

 

 

そのループは恋愛や結婚に大きく影響した。
2度目の結婚でひどい仕打ちにあった。
(でも、それは人生のお勉強代だけどね)

 

 

 

でも、そのおかげで自分を見つめなおす事ができた。

 

 


自分を見つめたら出会うパートナーが全く違うタイプの
人になった。

 

 

 

彼と付き合い始めて2年半近く。

 

 

彼と一緒にいることで依存体質だった私と
さようならできるようになった。

 

 

 

そして、家系の課題であるセクシャリティの問題も
不思議な事に自然な流れでクリアしつつある。

 

 

 

今までの苦しみや悲しみを
別のエネルギーにシフトチェンジした感じ。

 

 

 

しんどい人生送ってきている場合、
自分が生きている価値とかそのあたりに苦しむ。

 

 

そして、その苦しみは実は胎児期に

形成されていることも多い。

 

 

 

でも、それに自分一人で気づくのは難しい。

 

 

 

私の場合、「都合のいいように利用されるだけの
価値の無い女」という胎児期からの底辺の思い込みを
覆してくれるのが今の彼だった。

 

 

 

どこまでも、本当に何もできなくて
全然わがままだらけの私を
いつも受け入れてくれて
側で見守ってくれる。

 

 

なんで?自分も苦しい状況なはずなのに、
そこまでして私をサポートできるの?
といつも疑問だった。


 

いつも彼からかえってくるのは、
無理してサポートしようと思っているわけじゃない。
章ちゃんの中に可能性を感じるから
自分ができるサポートはしたいと思っているんだよ。
自分がやりたくない事はしない。

ただ、やりたい事でサポートしてるだけだよ。


 

彼と私では世界が違っていたりする。



性質的に同じだけど、視点が違ったりもする。



だからこそ、広がるものがあると思う。

 

 

 

そんな彼のサポートがあったからこそ、
今の私は自分を信じることができている。
自分を愛することができている。

 

 

 

そして、根深く残っていたセクシャリティの問題も
彼との関係性の中でドンドン昇華できてるのを感じる。

 

 

 

どんな自分をさらけ出してもいい。
ただ、私は自分を信じ、自分を愛し、
自分を表現するだけ。

 

 

 

それに気づいたら、
肉体的なまぐあいではない部分での
まぐあいを感じることができるようになってきた。

 

 

 

それは快楽という言葉では片付けられることの無い、
安心と循環のエネルギー交換。

 

 

 

言葉にするのは難しけど、
奥深くで繋がるそんな感覚。

 

 

 

だから肉体のぶつかり合いである
ピストン運動なんかよりも
相手を深く感じる境地に至福を感じるし、
感じたこともないような世界が開いている。

 

 

 

それは未知なる自分と出会うということ。

 

 

 

自分の中で制限かけてきた自分自身にさよならして
本来の自分に身をゆだねるという事。

 

性の解放と生の解放は=なのかもしれない。