劣等感
近年 自己肯定感を高めよう!
なんて動きが 学校でも積極的に
取り入れられてる訳ですが
私の信頼する
自己肯定感を長らく研究&実践
されてきたベテランの教員(先生)に
2年ほど前 ツッコミを入れてみたら
自分の自己肯定感を
あげるのが一番大変😅
なかなか出来ないんだよねぇ
って、めちゃめちゃ素直に
お認めになられて
やっぱり 信頼できる♪なんて
思ったくらい
うまくいってない![]()
んですよね💦
なぜかと言えば
この先生のおっしゃる通り
教える側の大人たちが
そもそも劣等感の塊だから
これは 揺るがない事実です
… なんて
悠長なこと
言ってる場合じゃない!
んですよ![]()
魂レベルでの
しあわせな人生を
選択しようと思ったときに
この劣等感は
とても素晴らしい目印になる
それは
劣等感がある限り
しあわせにしかならない
宇宙のしくみは採用されないって
わかるから
逆説的に考えれば
劣等感を手放せれば
しあわせにしかならない宇宙しくみは
働きだすってワケ。
でね 根拠のない自信なんて言葉を
聞いたことがあるかもしれないけど
私は問いたい‼️
その劣等感に
根拠はあるのかい??
Ψ( ̄∇ ̄)Ψ
そもそも
劣等感を抱えて生まれてきた者など
私たちの中にはいない
では いつ この劣等感は
私たちに植えつけられたのか?
なぜ私たちは
この劣等感を大事に大事に
抱え続けているのか?
まず 劣等感が植えつけられたのは
間違いなく 親や先生を始めとした
あなたを育て、あなたに影響を
及ぼした人たちだ
この際 良い人だとか悪い人だとか
愛されてたとかなんだとかは
置いておこう
例え それが愛だとしても
与えられたのは劣等感だという
事実だけを見よう
お前はダメだ というダメ出しを
子どもの頃にされた人の多くは
自分のアイデンティティを形成する中で
自分には欠陥があると
記憶する。すると、その後の人生は
欠陥のある自分という前提で
自分という世界が動く
しかし!
ここで気づいて欲しいのは
そのダメ出しは
ダメだと言った人の
価値観の中の話だ
ということだ
いわゆる 他人軸。
他人軸で生きてる限り
本当の自分は生きられないと
少し前に 他人軸/自分軸 な話題が
流行ったときに
あちらこちらで目にしては
いなかっただろうか?
違う角度からも見てみよう。
他人から与えられた劣等感は
あくまでも与えた人のものだと
いう視点だ
どういうことか?
例えば 親があなたに
ダメ出しばかりしたとしよう
この時 親は あなたのためにと
思って、足りないところを
伸ばそうと思って言っていたかもしれない
しれないのだか…
実はこれは親の中にある
劣等感があなたに投影された
ただ それだけである。
(;゜∇゜)
えっ? どゆこと???
要するに
あなたの何かを見て
親の中に抱え込まれていた
劣等感が反応して
めっちゃ嫌な気分になったけど
それが何だかわからなくて
目の前にいる我が子のせいにしてみたら
気分が晴れた♡
ゆえにこれで良かったんだ♪
みたいなさ(-_-;)
もちろんそんな気全然ないっすよ
親にはさ。
でもそういうことやねん。
やってることは。
本当はそこで親が(大人が)
お!自分の中に劣等感あるやん!
これ要らないやん!手放しだろ( *´艸`)
っていう風に現実を受け止められてたら
良かったんやけどな。
それがわからんかってん。
知らんかってん。
気づかんかってん。
で、それはある意味どうでもええねん。
ここであなたに気づいてほしいのは
あなたが大事に抱えてる
劣等感
根拠ないやん!ズコー![]()
![]()
![]()
どこにもないやん!
っていうか、適当なこと言うてくれましたな!![]()
っちゅうことですやん![]()
でもこれ
なんでこんなに大事に持ち続けてるか
知ってる???
それってな
あなたがそのダメだしを受けた時に
それが親御さんの愛だって感じててん![]()
親御さんの全てを
まるっと受け止めようとしててん![]()
あなたの愛が
いっぱい働いてん![]()
優しいよね・・・ほんと。
寛容だよね・・・ほんと。
でもさ、それによって
自分がしあわせから遠ざかってしまってん。
苦しくなってしまってるねん。
それは
本来の愛が溢れて
無限の可能性が広がって
自分でいられることそれだけで
もうワクワクが止まらない!という空間から
離れてもうてん・・・![]()
これは事故や!
貰い事故!
だからいつまでもこの
劣等感っていう痛みを
抱えてなくていいのよ。
こうやって
先祖から受け継がれてきちゃった
劣等感っていうやつを
あなたで終わりにするの!
もうこの輪廻は要らないの!
No!って言っていいの。
(自分の中の劣等感にね
)
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