昔勤務していた高槻の職場の元同僚との飲み会があり、久々に高槻へ行きました。

 少し時間に余裕があったので、JR山崎駅(高槻の二駅東)で下車し、駅の近くを散策しました。

 

 駅前は、昔からの鄙びた郊外駅の雰囲気が残っています。

 小さなロータリーを南へ出ると、旧西国街道が東西に通っています。

 

 

 旧西国街道に出て、すぐ西側にあるのが離宮八幡宮。

 

 

 この地は、嵯峨天皇の離宮の跡地だったため「離宮八幡宮」と称されました。

 貞観年間に当時の神官が「長木」という搾油器を発明し、荏胡麻(えごま)油の製造を始めました。

 

 

 荏胡麻油は、燈明(とうみょう)― 照明(今の電灯)用の油として大量に使われ、これを製造・販売する大山崎の「油座」は、荏胡麻油の製造・販売を独占し、全国の関所や渡し場を自由に通行できる特権を持っていました。

 

 中世の「座」は、一種の特権集団で、大山崎の「油座」はその代表的なものでした。

    https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BA%A7

 

 

 かつてのこの特権を示す石碑が、境内にあります。

 

 

 左は、「従西(これよりにし)八幡宮御神領守護不入之所」

 右は、「従是北(これより北)八幡宮御神領大山崎總荘」

 

 左の石碑の「守護不入之所」というのは、幕府(鎌倉・室町・江戸)の守護(今でいえば知事?)の権力が及ばない地(自治権を持つ)、という意味です。

 

 離宮八幡宮は、古代末~中世には広大な荘園(しょうえん・「大山崎總荘」)=領地を持ち、有力な貴族・寺社と肩を並べていたのです。

 

 今の離宮八幡宮の境内は、盛時の何分の一かの小じんまりしたものですが、その東門を入った所の「河津桜」が満開になっていました。

 

 

 離宮八幡宮の門前、旧西国街道の南側にひっそりとあるのが「居酒屋・楽(がく)」です。

 

 

 ここは昔、同僚とよく通った酒場です。

その頃の勤務地は高槻だったのですが、高槻の飲み屋とはまた雰囲気が異なる大山崎(当時は高槻から一駅)駅前の「楽」にも時々行きました。

 

 この日は、大山崎での思い出に浸った後、高槻の飲み屋での元同僚の退職記念会で大いに飲んで語り、現役時代に戻ったような一日になりました。