みなさま、ごきげんよう 星空



いつもありがとうございますらぶ


栗きんとんの季節です。




夏の初めころだったかな・・・


素で生きている素敵な女性が話してくれたの。


「人って、落ちるところまで落ちないと本気にならないんだよね・・・」と。


やっぱり、そこかぁ!


本気のつもりの人はたくさんいるけれど、つもり なだけかも(笑)


で、わたしはどうなんだろう?


落ちるところまで落ちたことあるのかなあ??


そんなときに、旅友ゆみあさんの記事 ゼツボウノススメ ① 。


(フェイスブックではもっとたくさんつぶやいていたような気がする。)


絶望ねぇ・・・


絶望したことないんじゃない、わたし?


しばし、もんもんとしていましたsei


ある日


ある


って思い出したのひらめき電球


そう、とことん落ちたし、絶望したし、それも何度もある(笑)


つらつら思い返してみると、あった、あった、ありました~グッド!


恋愛、仕事、人間関係、お金の問題、意外といろんなこと経験してるかも(笑)


あんま過去のこと覚えていないんですの、わたくし (´0ノ`*)


乗り越えてしまうと忘れてしまうんでしょうね。


それぞれに、自分と向き合わされて、向き合って、いいも悪いも受け容れていくと、スルっと流れてしまうようです。


(感情と一緒だー)


時に怒り、時に泣き、時に逃げ、時に立ち向かい、時に仕事を休み、時に引きこもり・・・


わたしのパターンは、ほとんど自分責め(マゾか?)。


もともと人は自分を映す鏡だと思っているので、うまくいかなかったり、イヤな対応されたりするのは、自分の中のなにかを反映している?って考えちゃうのです。


スピリチュアルやココロの勉強するずっと前から、そういう風にものごとを見てました。


だから、自分を振り返る、責める。


しんどいですよね~


そんなある日、どんな自分もOKと思えるようになったわけですが。


それは長くなるので割愛。


で、「とことん落ちないと本気にならない」にもどります。


絶望や、とことん落ちる、というのは、「すべて自分」である、と気づくきっかけなんだと思います。


そのことに気づくまで、何度でもいろんなことが起こる(自分で引き起こしている)んです。


今朝、 変容へと向かわせる出来事(回顧録②) を読んで、ようやく 「とことん落ちて初めて本気になる」 ことについて書けるようになりました。


ずっと伝えたかったんだけど、文章がまとまらなくって(^^ゞ


もちろん、落ちるところまで落ちなくても、自分と向き合うことはできるし、変化することはできます。


どれだけ心を開くのか、素直になれるのか、そして自分と向き合うのか・・・


ある有名な経営コンサルタントの方もおっしゃっていました。


生きていて最高の喜びは、知らないことを知ることだ。


それも自分自身を知ることだ。


人生っておもしろいね音譜